第14話 望む生き方_2
「私も騎士様に生まれればよかった」
「……そんなことはない」
騎士はエオトニアの誇りだ。
なりたいと言ってなれるものではない。
「ルシルタはそのままでいい」
騎士になるしかなかった俺とは違う。
こんな生き方を選ばなくても――
「そうすればシェミィ様の手を取ることだってできたのに」
「こうして触れている」
「シェミィ様が普通の……シェミィ様が普通の殿方だったなら、お嫁さんになりたかったと思いますよ。私」
「……」
到底あり得ないような仮定の話。
冗談です、と掻き消すように言いながら手が離れていく。残っていた熱がすっと冷める。
「大変な失礼を申しました。騎士様、お気に障ったらどうか私を斬り捨て下さい」
「ルシルタ、俺は――」
「入るぞシェミィ」
数歩離れて深く頭を下げるルシルタに言いかけたところで扉がノックされた。
声から二秒ほど置いて戸が開かれるのを、ぎゅっと鉄のひじ掛けを掴んだまま待つ。
「シゼドール一行の明日の予定だが、もう一度技研に……?」
手にした資料を読みながら入ってきたのは特別政務官のクラオニ。
部屋がやけに広いのは、うっかり騎士と接触することがないようにという設計だ。
騎士の扱いに慣れているクラオニは遠慮なく入室して、いつも通り事務的な報告をしようと思っただけ。ルシルタが深々と頭を下げているのを見て様子が違うと言葉を止めた。
「すまない。何かあったかな?」
「なんでもない。ルシルタの冗談を俺がうまく理解できなかった」
「なるほど、シェミィに冗談は難しいだろう」
「そういうことだな。ルシルタ、よければまた聞かせてほしい」
「……はい、シェミィ様」
顔を上げたルシルタは小さく頷き、退室の礼をしてから取り替えたシーツを手に出て行った。
「掃除など不在時にやっておけばいいと思うが」
「俺が考えをまとめるのに、政治に関わりのない彼女に聞いてもらうよう頼んでいる。何もせずに部屋にいるのは緊張するそうだ」
「君は昔からそんな感じだな。ああ、裏の繋がりを気にしなくていいから初等学園を選んで訪問していたのか」
「あれこれ煩わしいのは嫌いだ」
俺が直接何かをするわけではなくても、面識があるというだけで利用されることもある。
騎士になって初めの頃に、活動頑張ってくれと言っただけで筆頭騎士から公認を得たように吹聴する者がいた。その慈善団体の代表夫婦は後に私腹を肥やした嫌疑で取り調べを受けて、俺にも事実確認があった。
嫌気が差した。
意図せず下らないことに名前を利用される。面白いはずがない。
自由が許される外出時なら、しがらみのないエオトニア国民と接したいと思ってもいいだろう。
「余計な心配をせず話せるただの一市民。ルシルタを連れてこられた時は面食らったが、意外と悪くない」
「見かけが気に入ったから傍に置いている可能性も考えていたんだが」
「ありえないだろう。ここで働かせるなんて思いもしなかった」
「まあそれはそうか。君の安寧に寄与しているならいい」
騎士は国家の最大戦力で他に代えられない。
制約はあるが、望めば多くのことが通る。エメテラが映画館を借り切ったりできるのもそう。
特別政務官クラオニの仕事は、騎士の体調管理と色々な方面との折衝が主だ。通例だと長く行政機関に勤めた者が就くことが多い。
騎士が問題行動を起こすことなどなく、退職までの安定した名誉職と言ったところ。各省庁などとの渡りをつける時にもキャリアが有効になる。
他国の国家元首と騎士が来訪するようなケースでは少し気を揉んだだろうが。
「それで、シゼドールの一行は帰る前にまた技研に行くのか?」
「メーティス陛下のご要望でね。これさ」
クラオニが片手で壁を示した。
「ポリマーコーティングした押し花。気に入ったそうだよ」
「花束でも何でも、もっと優美なものがあるだろう?」
「騎士に渡せるのが良いらしい。女王陛下から花を手渡す姿を中継すれば絵になる」
「シゼドールにはないのか?」
「必要とされる物品じゃないからな。エオトニアだから遊び心で誰かが作ったんだろうが、シゼドールは我が国より貧しい。国土の半分近くが耕作困難な湿原で、ザオゾウとの国境付近はいつも小規模部隊がやりあっているのもある」
普通の花束では、力加減がどうしてもうまくできない騎士では握り潰してしまう。衝撃でバラバラになるかもしれない。
心配し過ぎて受け取り損ねたら、女王から渡された花を落とすことも考えられる。国民向けに中継する
ポリマーコーティングされた押し花の板なら、少し気を付ければ大丈夫だ。
「どこの国も騎士の扱いには気を遣っているんだ。私も君に配慮しているつもりだがね」
「感謝している」
「恩着せがましかったかな」
クラオニの笑みに特に答えず、軽く息を吐いて目を閉じた。
余裕のある態度で俺と接する相手は珍しい。前任の政務官はいつも緊張気味だった。相手からすれば味方とはいえ猛獣と付き合うようなものだから仕方がない。
これも国からの気配りでクラオニのような性格の人間が選任されたのかもしれない。
「メーティス女王は騎士にお優しいらしい。見ている限り距離も近い」
「そうだな」
「ああいう主がいいと思うかい?」
薄く目を開いてクラオニを睨む。
「良いも悪いもない。メーティス女王はそういう方で、俺の主は母ケーラだ」
「疑問を挟む余地はないか」
「当然だ」
ふぅっと息を吐いてから笑うクラオニ。
彼の安堵の表情を見て察する。
他国の王と騎士に接した俺たちに、何か心境の変化がないか確認するよう命じられていたのだろう。
「下らないことを聞いた。気分を害したなら許してくれ」
「別に構わない」
公務員。宮仕えというのも大変だなと思えば気分の悪い質問もすっと許せる。
距離が近い。
クラオニがそう表現したのはメーティス女王のことだったが、クラオニと俺の距離もわりと近いのだなと今さら気づいた。
◆ ◇ ◆
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