第11話 異なる生まれ。同じ生まれ。



「特に、シェミィ・ノール。此度こたびの戦い見事でありました」


 初夏の空は青々として、どこまでも澄み渡り果てが知れない。

 夏至の祝典を晴天で迎えるのは吉兆だと人は言う。直近で喜ばしい報せがあればさらによい。


 エオトニア教国の威信を背負って戦う騎士が公の場に駆り出されることも珍しくはない。

 通常の外出であれば拘束具をつけているものだが、国営放送の中継もあるのだから見栄えも気にする。

 エメテラ、ヒューロゥと三人揃って白地にエオトニア教国の紋章の描かれた外套を身に着け、聖都テルモスの太陽神殿広場で膝を着いて労いの言葉を受けた。


「【苛斂かれん】バシフロラの腕を切って捨てた勇姿、まさしく輝かしいエオトニアの騎士でありましょう」

「母ケイラ・ブラヅォ。残念ながらその前にエオトニアの誇りたる星十字に傷を受けました。過分な欽慕のお言葉であります」

「シェミィ。我が騎士シェミィ・ノール。エオトニアの民の喜びを素直に受け取るのも騎士たるあなたの役儀ですよ」

「は」



 太陽神殿広場中央の中央に立つエオトニア教国の象徴。聖母ケイラ・ブラヅォ。47歳。

 初めて会った瞬間に、彼女がなぜ国民から母と慕われるのか理解した。全身が震えた。

 九年前の騎士承継の儀の際に、ケイラに名前を呼ばれただけで大きな海に包まれるような感覚に飲まれて。


 実質的な政治は首相や各大臣が中心となり執り行うが、国民が慕うエオトニア教国の聖母。

 真上から見ると二重の輪の中に描かれた星十字の中央にいる彼女は疑いようもなく国の柱だ。



「あなたの愚直な真面目さも美徳でわたくしも好みます。ですが今は、胸のすく報せに湧くエオトニアの人々の声に応えてあげなさい」

「母の仰せのままに」


 深く頭を下げてからゆっくりと立ち上がり、振り向いて片手を上げた。

 報道のカメラと式典の参列者たち。距離を空けて集まる群衆に向けて勝者としての振る舞いを見せる。

 わぁぁっと押し寄せるような歓声に不慣れな笑顔を作ろうとする俺に、エメテラとヒューロゥが苦笑しているのが視界の端に掠めた。



  ◆   ◇   ◆



 見世物の役割を終えて、だがまだ帰れない。

 いつもならすぐに下がるのだが、今日はそのまま左の列に並んだ。並んだとは言っても騎士の周囲だけ警備も避けるから綺麗な列にはならない。いびつな形に。

 俺たち三人が抜けた中央に、後ろから進む一団があった。


「ケイラ・ブラヅォ猊下。ご尊顔を拝する機会を賜りシゼドールのメーティス、望外の喜びでございます」

「遠いところをよくおいでくださいました。メーティス陛下」


 友好国とはいえ他国のトップが訪れることなど普通はない。

 独立戦争の後にフォムロニアの指導者が何度か表敬訪問に来たことはあるそうだが、それ以前だといつのことかわからない。

 エオトニアから聖母が出ることもないから、シゼドールの国王と聖母が直接会うのは歴史上初めてではないか。

 聖母ケイラより年配のシゼドール女王メーティス。当然護衛は連れているわけだが。


「あの女がイファンシね」

「じゃあ男の方が【砕針さいしん】ケイオのオーデフか」


 普通なら聞き取れないくらいの囁き声でエメテラとヒューロゥが確認する。

 聴覚も常人を超える騎士だから聞こえる。当然相手も騎士であれば。


「……」


 壮年の男オーデフはわずかに目線を動かしただけ。

 二十前後に見えるイファンシは、軽く唇の端を上げて見せた。正解だという意味なのだろう。

 外国を訪れる女王メーティスの護衛として騎士がつくのは常識的とは言えない。

 しかし国のトップが外に出るのがそもそも常識外れのこと。敵対しているわけではなくともどんな事態が起きるかわからない。

 前例はないが表敬訪問したいという申し出を断るのも度量を測られているようで、結局はこんな形になった。


「そう心配しなくていい」

「聖母の御前だ。口を閉ざせ」


 聞き取れるギリギリの小声で囁くイファンシに最低限必要な言葉だけ返す。

 わかっている。ここで何かすればお互いの主が死ぬのだから。

 相手は騎士二人に対してこちらは三人。不穏な行動をすれば死ぬのがどちらかは明らか。シゼドールに何も利益がない。



「先の【糸斧】カルメの戦いはシゼドールの民もみな喜び、シェミィ・ノール卿の名を讃えております」

「悪辣なザオゾウのカレッサに正義を示してくれました。シェミィは私の誇りです」

「国主たる私達同士もそうですが、他国の騎士とお会いする機会はこれまでありませんでした。友好国ですのに。それが当たり前というのはあまりに残念と思い至り、今日こうして訪問させていただきました。急な申し出に対してこのような歓迎をいただき感謝します。ケイラ猊下」

「これを機に、さらに親密な関係を築いていくことこそ両国の繁栄の礎となりましょう。メーティス陛下」


 両国のトップが顔を合わせて話をする。

 歴史的な快挙として大々的に報道されれば、シゼドールとエオトニアの国民も良好な空気を形成しやすくなる。

 貿易や交流も円滑になり、その結果それぞれに利益を生み出すだろう。


 女王メーティスと騎士二人以外にもシゼドールから人が来ている。報道関係者や政治家など。技術交流などもしたいとか。

 数日は滞在するというので、その間はこちらも交代で警備に回る。一人はカレッサ格納庫で緊急に備えていなければならない。

 今日は歓迎式典の為に三人で参加しているからカレッサ待機は見習いのハーノだった。


「堅苦しい挨拶はこれくらいに。食事の席を設けておりますので」


 当初の予定通り、屋外の太陽神殿広場から神殿内へと進んでいく一行。

 騎士は進まない。一般の警備兵や事務方の政治家などと共に大勢が移動していく中、取り残されるような形で。

 広い場所であれば気を付けていられるが、室内のような狭い場所で一般人と混ざるのは危険だ。



「そんなに睨まないでくれよ。シェミィ・ノール」

「お前を監視しているだけだ」

「噂通り真面目だね。ここで何かするわけがないじゃないか」

「……」


 あらかた人が去った後に、イファンシが馴れ馴れしく話しかけてくる。


「あんまり強い視線だからボクに見惚れているのかと思ったのに、さ」

「シェミィをからかうのはやめなさい。イファンシ」

「君がエメテラかな? 噂通りの美人騎士だ」

「美人なのはそっちだろ。大したタマだぜ」

「素直に賛辞と受け取るよ。ヒューロゥ君」


 ヒューロゥの軽口に対して芝居がかった会釈を。カレッサ搭乗時にも似たような所作をしていた。

 後ろのオーデフは何も言わない。ただじっとこちらを観察している。


「君たち三人は年齢が近いんだね」

「……」

「いやだな、別にカマをかけてるわけじゃないよ。十年前に先代のアナンケとヒマリアの騎士が事故死・・・したのは知っているさ」


 十年前に事故があった。らしい。

 まだ二十代と三十代だった騎士二人が死に、急遽エメテラとヒューロゥが後を継いだ。

 それから一年経たない内にカルメの騎士ブロンテが引退。俺が後を継いだ。

 騎士の証であるカレッサとのエンゲージリング、結い環と共に。


「こっちはほら、年が離れているからさ。羨ましいなって思ったんだけど」

「国とすればその方がいい。時期が揃って新人だけになるより安定する」


 先日のフォムロニアは騎士一人だから仕方がないにしても、複数いるなら年齢がバラけた方がいい。

 リスク管理も踏まえてハーノという次世代の騎士も育てている。たまたま今の現役騎士の年が近いだけだ。



「実用的なご意見だね。じゃあ君たちはどうして同世代なのかな?」

「生まれてくる日を選べるなら間を空けただろう」

「ははっ、面白いことを言うなぁ」


 本当に楽し気に笑うイファンシと、俺の左右で溜息をつくエメテラたち。


「お前なぁ……そりゃ戦力の話ならそうだけど」

「生まれる日を選べればよかったが。だがお前たちと同時代にいることは悪くないとも思っている」

「これ、本気で言ってるんだからね。ほんと、シェミィって……」

「いやいや、本当に面白いな。本気でそう言えるんだからすごいよ、シェミィ・ノール」


 すっと、イファンシが手を出した。攻撃的な動作ではなく、自ら隙を晒して。

 握手をしようという。

 接触などするべき間柄ではないと思うが。


「君は本当に騎士が好きなんだね、シェミィ」

「誇りに思っている」

「うん、やっぱり君は僕と似ているんだ」


 差し伸べられた手は、石も砕く力を持っているくせに、すらりとしなやかで美しい。

 傷ひとつ見えないのは強靭な騎士の肉体だからだとしても、完成された彫刻のような造形であることは間違いない。


「できれば君とはもっと仲良くなりたいんだ。国は違っても同じ年ごろの理解者として」

「……聖母ケイラは友好をお望みだと聞いている。特に異存はない」


 エメテラ以外の手に接触した記憶はない。

 そっと触れたイファンシの手は温かく、彼女の笑顔と同じく柔らかかった。



  ◆   ◇   ◆

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