第10話 散漫な死
「宇宙の熱的死ってさぁ。今の世界情勢と似てるんだって、知ってた?」
「急にどうしたんですか主任。技研やめて政学局にでも転属願いとか?」
「そっち系の話だね」
宇宙の熱的死という学説がある。
二百年前の旧文明以前には人類は宇宙に進出していた。当時は今よりはるかに高度なコンピューター技術が当たり前にあって、科学者たちの知見も深かった。
偽りの追勅により多くのものが失われた今では、当時の印刷物でしか知り得ない事柄が多い。
「飽きたんだよ、この仕事に。専門教育課程まで受けてやってるのは戦車とかヘリの改修案なんかさ。カレッサを超える兵器なんて作れないから仕方ないけど」
「中等教育課程で労働者に割り振られる国民が半分っすよ。技研はトップエリートなんですけど」
「ボクが入って数十年、戦車砲の反動を4パーセント軽減してヘリのギア交換を少し簡単にしただけの研究なんてね。こないだ作った一発で綺麗に揃う爪切りの方がずっと面白かったよ」
「あれ、二班のトッドが深爪になる欠陥品だって文句言ってましたよ」
「あいつの指が歪んでいるのさ。性癖と一緒で」
「人のこと言えないでしょ。ラクレイデ主任」
科学技術など専門的な分野を学ぶのは、高等教育で優秀な成績を示した者のみ。
大戦より昔は、望めば誰もが好きな学問を学び、職を選んだり自ら会社を立ち上げることもできたのだとか。
比較的豊かで安定しているエオトニア教国であっても国民にそんな自由はない。中等教育課程で平凡であれば十五で労働者に。十八を過ぎて優秀であれば専門教育課程が許可される。
望む職に就きたいと言うのであれば相応の能力を示さねばならない。
ラクレイデは努力家ではないが記憶力は突出していた。
過去に覚えた知識同士を関連付けることも得意で、極めて高い評価を受ける。
何か学びたい分野はあるかと選択肢が与えられた。そう多くの人間が受けられる待遇ではない。
豊かで安定した毎日を求めるのなら政治に近い分野を選んだ方がよかっただろう。だが学びたいとは思わない。
医療分野も候補に挙げられたが、他人の命に責任を負うというのも重く感じた。
面白そうだと思ったのが科学技術の分野で、科学技術の最高峰は軍事分野ということになる。
ラクレイデは軍事技術の研究者の道に進んだ。
とはいえ、結局科学技術は昔より劣っている。
高性能コンピューターがない現代では、当時製造されていた精密兵器を再現できない。再現できたとしても【偽勅】に感知されれば破壊されるだけ。
戦車やヘリの駆動部や反動軽減の為の機構開発。メンテナンス性を高め、より軽く頑丈な形状の研究など。
カレッサが出張るまででもない部分での軍事技術に限られてくる。どちらかといえば素材に関する研究開発の方が面白かった。
どんな状況でどんな運用を想定して開発するのか。
国と国が争う状況なのだから、政治的な背景も耳に入ることが多い。
現在の世界は、宇宙の熱的死に似ていると言うのだ。
「宇宙が広がりすぎると星々が離れすぎて干渉できなくなっていくって」
「ああ、宇宙の終焉予測ってやつですね」
「今の世界はそれと似ていて、稼働カレッサが少なすぎてまとまらない。どこの国も決定的な力を持たない。散漫に存在するってわけだ」
「通常兵器を大量生産してもカレッサで一掃されちゃいますからね。小競り合い程度の軍備しか必要とされない。不満なんですか?」
「別にぃ。平和なのはいいんじゃない」
【王秤】レダが出撃したと聞いた。
レダであっても、また六機の稼働カレッサを有するザオゾウ共和国であっても、世界の覇者にはなり得ない。
各国政府の高官たちがそれでよしと考えているのは、少し世界情勢を見ている人間であれば理解できる。
労働者たちはカレッサの華やかな勝利や惨めな敗北に一喜一憂しているが、あれも茶番。
ザオゾウ共和国でさえ、今はフォムロニアを滅ぼすつもりなどないだろう。エオトニアとの間の緩衝地帯としてザオゾウ側から見ても無価値ではない。
若い騎士を殺すことになっても、【死命】ペルサメノスを撃破するまではしなかったのではないか。
生かさず殺さず程度に存在した方がいい。国内のガス抜きにいたぶることはしても。
「レダの映像、見ただろ?」
「そりゃあもちろん。ここの高精細モニターで、コマ送りで何度も見ましたよ」
「おかしいんだよね。今まで考えなかったボクも馬鹿なんだけど」
「何がです?」
「強すぎるのさ。あれだけ強ければカレッサの一機や二機鹵獲できるだろうに」
島国クーロイとしても、にらみ合いの茶番を続ける世界は都合が良いのかと思い込んでいたのだが。
それだけではおかしい。
中の騎士が死んだとしてもカレッサを奪い、自国の戦力とすればいいのではないか。
過去に【糸斧】カルメを奪われ、エオトニア教国建国に用いられた事実もあるのに。
その当時は大混乱の時期でレダもフル稼働だった。カレッサの運用限界時間ギリギリで常に。
今は落ち着いているのだから、カルメでもザオゾウのどれかでも奪い取ればいいと思うのだが。
「世界の均衡を壊したくないからってだけじゃないです?」
「それでも一機運用なんて綱渡りだろ? 限界稼働時間はレダも同じはずだ」
カレッサの稼働には時間制限がある。
目安で言えば、マッハ3程度までの速度で動くだけなら30時間程度。戦闘行動なら90分程度を超えてはいけないなど。
確認されている記録は100年以上前に遡るが、事実らしいとされている。超過したカレッサが失われたことがあるとか。
「まあ……奪っても使う騎士がいないんじゃないですか?」
「それでも敵の戦力は減らせるじゃないか」
「クーロイがそんなこと始めれば他の国が黙ってられないでしょう。団結してレダ打倒ってことになりかねませんよ」
順当に考えればそうなる。
奪ったカレッサを使えればクーロイ側の戦力が増えるわけだが、使えないのなら敵がまとまってしまうだけ。
レダ一機で対処するには限界がある。カレッサ三機相手にしている間に別動隊に首都を更地にされることも考えられる。
「カレッサ動かすのにエンゲージリングが……ああ、それも一緒に奪えますよね」
「うん、死んだ騎士から回収すればいい」
「じゃあやっぱり次世代の騎士そのものがいないんですかね。レダの騎士って……」
「騎士生育の方の問題っぽいかな。残念ながらボクらの庭の話じゃあない」
畑違いの分野。
できない理由があるとすれば、中身の方にあるのだと考える。
カレッサの機体本体や、動かすための契約指輪ではなくて。
「あっちは色々と情報統制が厳しいんだよねぇ」
「次世代の騎士は特別管理ですから。承継お披露目までわかりませんし」
「技研じゃなくて向こうを選んでた方が面白かったかなぁ」
「選べたんですか?」
「うん、あったと思う。子守みたいなもんだって言われた」
「主任に子守は無理ですね」
「同感だよ」
戦車やヘリの最適化なんて過去からずっと研究されつくされていて、あまり発展がない。発展したところで活躍の場も少ない。
数十年の研究所勤めもすっかりマンネリ化して、最近は片手間に爪切りの改良開発をしていたくらいだ。わりと研究所内では好評だが。
若い頃に選ばなかった分野に今になって興味が湧いた。
「事故の前だったらあっちに入る許可も簡単だっただろうになぁ」
何か適当な理由を作って騎士生育機関に出入りできないか。
爪切りよりは頭を使って計画を立てるかと、ラクレイデ主任研究員はにんまり笑った。
◆ ◇ ◆
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