第9話 新旧騎士たち



「冗談みたいなやつだな、王秤レダ」

「刺さる寸前トゥリパの穂先を掴みながらペルサメノスを……これ、潰さないように足に乗せて飛ばしてるの? この速度で? 信じらんないわね」

「あぁ」


 エオトニア教国の基地に戻った俺はまず、カレッサに記録された戦闘映像をヒューロゥとエメテラに見せた。

 戦闘の映像はいつも仲間と共有する。だが帰国後即座に一緒に確認したのは、俺自身も昂奮していたのかもしれない。

 初めて見た最強機【王秤】レダの、まさに冗談のような実力の片鱗を仲間と分かち合いたいと。

 実感できるのは騎士に限られるのだから、他の誰かでは意味がない。


「位置的に腹を蹴る形になって、中の装主を殺さないよう手加減をしたらしい。俺も見返すまでわからなかった」

「殺すつもりの【貫彗】トゥリパの槍を止めながら? あいつの突貫は全カレッサ中一番って話だろ?」

「直線だから……今回はペルサメノスを狙っていたし、わかるけど……でも無理。最大加速でふたつを同時にできるかって言われたら」

「運任せになるだろう。そんな馬鹿な賭けはできない」


 ただの力任せではない。

 カレッサの中でも随一と言われる大槍を受け止めるのも困難なのに、それをこなしながら別のカレッサをやわらかく蹴り飛ばすなど。

 そもそもが異常な騎士の反応速度でも、咄嗟にできるものではない。

 運が良ければ成功する。クーロイをたった一機で百年守り続けた守護神がそんな甘いことはするはずもない。


「奴は、できると確信があった。正直に言って俺には無理だ」

「誰でもおんなじでしょ」


 エメテラが息を吐き、ヒューロゥは無言で片手を軽く上にあげてみせた。

 王秤レダ。

 あの一瞬の介入だけで見る者を唸らせる存在。血の気の多いリジーでさえ素直に退いた。

 迂闊に手出しすべきではないと示すのが目的だったとしたら、十分伝わったと言える。無意味な介入ではない。



「シェミィ! レダと戦ったってマジか?」

「ハーノ」


 鉄の箱部屋に少年の声が響く。

 重い――常人にとっては重い――鉄扉を開けて入ってくるなり、不確かな情報に興奮した面持ちで駆け寄ってきた。

 その薬指にもねじれた白金の指輪がある。まだ十二歳の次世代の騎士ハーノ。

 もし失われていなければアマルシァの装主になっていたのだろう。今は俺たちのバックアップ要員として務めている。


「戦っていない。見ただけだ」

「えぇーなんだよぉ。伝説のレダが出撃って聞いたのに」

「やってたらシェミィがこうして帰ってねえよ。バカ」

「んなことねえって。ヒューロゥじゃ無理でもシェミィなら」

「無理だな。あれは」


 まさに今その話をしていたところだ。

 レダと交戦することになっていたら、無事に帰れたとは思わない。

 俺があっさりとお手上げだと認めるとハーノは不服そうに唇を尖らせた。そんな顔をされても困るが。


「あんたも見ておきなさいよ、本物のレダ」

「ハーノはむしろペルサメノス……ユドデイドの戦いを見た方がいい。悪い見本だ」

「はっ、フォムロニアのだっせぇ騎士なんて興味ないぜ」

「お前は素直に聞いとけバカ」


 むんずとヒューロゥがハーノの頭を掴み、ハーノがばたつく。

 なんでもないやり取りだが、常人相手なら頭がトマトのように潰れる。騎士同士だからこそやれること。

 フォムロニアには騎士が一人。ユドデイドの未熟は彼だけの責任ではない。


「……先達か」


 教えを乞う相手が必要だ。

 正式に騎士となってもうすぐ十年になる俺にも、まだ。



  ◆   ◇   ◆



「大丈夫だよ、しい君」

「本当に?」

「しい君が気に入ってた花、特別なポリマーコートしてみたの。強度と弾力があるからしい君が持っても大丈夫なはず」

「……本当だ。へえ」

「君たちが力加減下手すぎるのも変なんだけど。カレッサ戦闘の時は繊細な動きもするのに」

「変なの?」

「説明がつかないのよね。君たちを生み出した研究者は知っていたのかも」

「壊したいわけじゃないのに」

「しい君が悪いわけじゃないでしょ。それよりどうかしら?」

「うん、嬉しい。ありがとうキュレネラ」



  ◆   ◇   ◆



『報せは見た。今さら私がお前に何か助言をできるとは思わないが』


 画面の中で、初老の男は困惑気味のあいまいな笑みで話す。

 通信は傍受される。エオトニア教国の中にも各国のスパイはいるし、通信網は旧時代から存在する地下深くの有線ケーブル依存だ。だからこそ少しタイムラグはあるが全世界に繋がる。

 政府の関連機関だけを繋ぐホットラインも別に引かれているが、大規模なものではない。


『王秤レダとカルメの過去は知っているだろう。おそらくそのことを言ったのではないか』


 磁気テープに記録した映像が届いた。

 引退したカルメの前装主ブロンテ卿からの返信。



 ――カルメの騎士。つまらぬ奴になったものだ。


 レダの装主が言い残した言葉が気になった。

 カルメの装主。前任のブロンテ卿と何か関係があったのかと思って質問を送ったのだが。彼の方も思い当たることはないらしい。


『この十年、レダが表舞台に立った記録はない。私がレダを見たのは二度だけだが、あれと戦ったことはなかった』


 残されている記録の通りだ。

 フォムロニア独立戦争の時に一度。レダが状況の見極めに現れた時のこと。

 ミッケンホルズ海戦の際、立ち合い兼偵察にカルメが出撃して遭遇したことも記録されている。

 不用意に近づいたザオゾウのカレッサ一機を撃破している。


『クーロイの戦略は、大陸の国同士を対立させ続けることに変わりはない。いかにレダがいようとも一機で全てのカレッサを相手にはできないのだからな。カルメがクーロイにあった頃とは違う』

「……」

『シェミィ。お前の仮説は聞いたが……わからんというのが本当だ。レダが旧文明の開発した自動操縦型カレッサだというのは、どうなんだろうな』


 騎士の目でも信じられない動きをするレダについて考えてみた。

 偽勅により失われたが、旧文明には人間には及びもつかない速度で計算、演算する電子機器があったと言う。

 気象条件、自身の重量、距離、速度。敵味方の動きを予測して最適な動作をするような機械があるのではないか。

 レダがそうした機械だとすれば色々と説明がつく。

 思わせぶりな言葉も、ブロンテ卿から俺に代替わりしたことを言ったのではなくて、レダの記録にある百年前のカルメのことを指していたとすれば。


『確かにあれには無駄な感情がないようにも思う。偽勅と同じくただクーロイの敵を討つシステムか。有り得なくはない』

「……」

『そうだとしたら何か対策があるか。私も思いついたらまた連絡しよう』


 相手が人間ではないただの機械だとして有効な手があるのか。

 益体もない考えを先任者にぶつけてみたが、答えなど持ち合わせているはずもない。

 少年騎士ユドデイドの有り様を見て、自分も視野狭窄に陥っていないかとつい引退したブロンテ卿に妙な質問を送ってしまった。

 困惑させてしまって申し訳ない。

 磁気テープの映像相手に謝っても仕方がないが。


『他に――』


 他にも気になることがあればいつでも。

 そんな言葉が続くのだろうと思って再生を止めようとしたが。


『他に、レダは何か言っていなかったか? 何かあれば教えてくれ』

「……?」


 カレッサ同士の通信は近場にいる全カレッサに聞こえる。

 そして、戦闘時にカレッサに記録された音声データ、映像データはその大半が通信網に流される。

 各国の国民に見せて国威発揚の為だったり、他国のプロパガンダに対抗する為だったり。理由は様々だが。


 今回の一見も、ザオゾウ国営放送はペルサメノスの無様さや、領海を侵犯したフォムロニアに制裁を加えたと報道していた。

 逆にエオトニア教国では、糸斧カルメがバシフロラの腕を斬って捨てたと勝利宣言を。

 それぞれ都合のいい部分を誇張して報道している。


 世界最強のカレッサとして名高いレダの姿や言葉も関心は高く、そのまま流れているはずなのだが。

 国家機密のような何かを喋っていたわけではない。淡々と、俺に対する批判的な言葉以外に特におかしな話はなかったと思う。


「何か……?」


 心当たりがあるとすればそれこそブロンテ卿の方ではないのか。

 映像を巻き戻して初老の引退騎士の顔を観察したが、その瞳にも仕草にも答えを見出すことはできなかった。



  ◆   ◇   ◆

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