第8話 王の秤



 時間切れ。交戦規程の七分間を過ぎた。

 言われるまでもなくカルメのコックピットでも確認できていたが、両腕を落として完勝と言いたかった欲もある。



「町が……っ!」


 ズガァァァッ!

 決闘終了からわずかに遅く、島から離れた場所から破壊音が響いた。

 俺の位置からは後方。リジーからは見えていたらしく、


「おやおや、こいつは不運だねぇ」


 片腕を失いながらも勝ち誇ったような露骨なあおり言葉。腕は立つが心根が腐っている女だ。

 最後に投げつけられた超硬弾のひとつがペルサメノスに切り払われ、もうひとつがフォムロニアの港町に落ちた。

 超硬弾は外れたのではなく狙い通りだったのか。


 カレッサにとっては致命打にならない超硬弾でも一般には違う。投げられた速度も音速を超えている。

 損傷を負っていたペルサメノスは自分を守ることはできたが、別方向に飛んだ球までは止められなかった。


 島の向こうの港町にもうもうと土煙が立ち上り、注意を向ければ悲鳴や怒声も耳に届く。

 カレッサ同士の戦いだけ見ればこちらが優位だったが、フォムロニアの町に被害を出してしまったのは口惜しい。



「リジィ! この卑怯者め‼」


 フォムロニアの町を攻撃されたユドデイドが怒りの声と共に加速した。

 気持ちはわかるがあまりにも短絡的な行動。


 ブレードを振り上げて襲い掛かる【死命】ペルサメノスと、当然その程度は見切っているザオゾウの立ち合い人たち。

 交戦規程から外れて攻撃を受ければ反撃の権利がある。誘い出された。

 カルメで助けようにも、バシフロラは損傷したもののまだ健在。俺が動けば続きを始めるだろう。そうすれば全面対決だ。国の命令から逸脱する。


「学ばぬ小僧。命で代価を払え」

「あ」


 バシフロラに襲い掛かったペルサメノスの上から、トゥバーンの乗る大槍のような右主腕を持つカレッサ【貫彗】トゥリパが落ちた。

 他の機体をランタナが牽制し、動けない中で。



「――っ」

「うあぁぁぁぁぁっ!?」


 少年ユドデイドが叫び、彼が乗るペルサメノスがはじけ飛んだ。

 横に。


 横に?



「……ばかな」

「姿を見るのは何年ぶりだろうねぇ、クソカレッサ」


 低く呻いたのは大槍の騎士トゥバーンだ。続けてリジーが苦々しく吐き捨てる。

 瞬く刹那の間に。トゥリパに貫かれようとしていたペルサメノスを蹴り飛ばし、彗星のごとき勢いの大槍を掴んで止めた黒と金のカレッサを見て。


 装甲はまだらな黒と金の鱗状。甲虫を思わせる流線的な頭部形状に、胸元から左右の膝に流れる帯。

 受け止められたトゥリパのトゥバーンの声が震えるのも無理はない。



「【王秤おうびん】レダ……天地分かつ剣か」

「はるばるクーロイ島から起こしとはご苦労なことさ。アタシと決着でもつけようってかい?」

「面白い見世物であった」


 エオトニアもザオゾウも地続きだが、世界で唯一大陸から離れた島国がある。

 クーロイ。二つの島からなる独立国家であり、それを守るカレッサは世界最強の座を失ったことがない。


 天地分かつ剣。【王秤】レダ。

 はるか昔、大陸のほぼ全土を手中に収めた超帝国を瓦解、分裂させたと言われる最強の機神。

 クーロイ本島に近づきでもしなければ出撃しないはず。

 あるいは、ザオゾウ北西部の半島国家ミッケンホルズとザオゾウが争う時に、ミッケンホルズ支援の為に出てくるとか。



「これが、レダか」


 直接見たのは初めてだ。カレッサに記録された過去の映像で見たことはあるが。スローで再生してさえ動きが見切れなかった。

 騎士の俺でも理解が及ばない存在。最強機レダ。王を測るもの。

 いくつもの呼び方をされる世界で最も恐れるべき機神。


「今日は終いだ、鉄の奴隷たち」


 それとも、と。

 機械音声なのか地声なのかわからない抑揚のない中性的な声で続ける。


「続けるか?」


 トゥリパの大槍を離して、両手を広げた。

 まさに天秤のように。命を測るように。



「……」

「あんたをボロ雑巾にすんのは今日じゃあないさ。終わりだよ」


 リジーが退いた。

 損傷したバシフロラと一戦終えた後のランタナ。トゥリパを含めてもレダを倒せないと踏んだのだろう。

 国元からの命令を待つでもなく彼女が判断した。



「ザオゾウは大国の余裕があると見える。他は?」

「シゼドールもベンドールもただの立ち合いですよ、王秤レダ」

「く、ぅ……」

「我が友好国の騎士ユドデイドを助けていただいたと感謝しておきましょう」


 レダに蹴り飛ばされたペルサメノスがぎこちなく起き上がり、少年の呻き声も聞こえる。

 それをもってシゼドールのイファンシはよしとして、主腕を胸に当てて芝居がかった礼をしてみせた。

 あのままなら大槍に貫かれ死んでいたユドデイドを助けてくれた形なのだから、これ以上争う必要はない。


「フォムロニアの民を……」

「そちらに沈められたザオゾウの船乗りの痛み分ですよ。守れなかったのは君が弱いだけですねぇ。ユドデイド君」

「……く」


 ランタナに乗るガーファンから嘲られて、ユドデイドに言い返す言葉はなくただ呻いた。

 球のついた二股のとんがり帽子をかぶったような形の細身カレッサ【不次】ランタナ。その装主の道化師とも呼ばれるベテランと少年騎士では役者が違い過ぎる。



「貴公はどうする。【糸斧】カルメ」


 尋ねられた。特に敵対姿勢を取っていたわけではないのだが。

 こちらを見据えるレダの薄い双眼。金色に光る。

 金と黒のまだら模様の装甲は鱗のようにも見える。


「レダを討てという命令は受けていない」

「命令があればできる、と?」

「できるかどうかは関係ない。命を遂行するのが騎士だ」

「……カルメの騎士。つまらぬ奴になったものだ」

「?」


 初対面だ。

 よほどの理由がない限り、他国の騎士と接触する機会などない。

 抑揚のなかったレダ装主の声に落胆の色が混じったことを疑問に思ったが、それ以上の言葉はなかった。



「ではこれで終いだ。拾った命を惜しむがいい。戦場で我の道を塞がぬことを祈れ」


 用事は済んだとばかりに一方的に、上からものを言う。

 腹を立てるということもないが、命を惜しめなどと言われて素直に頷く騎士も居るまいに。

 わずかに浮いてから王秤レダが北西の空に飛び去った。

 それを見送り、舌打ちだけ残してリジーたちザオゾウの三機も去っていく。



「うやむやな感じだけど、今日は君の勝利だろう。シェミィ・ノール」


 ペルサメノスをピレトーが助け起こすのを横目に、アナーヴォに乗るイファンシが俺に向けて、先ほどもやったように芝居がかった礼をしてみせる。

 特に応じない俺に、島に転がっているバシフロラの主腕を視線で示して。

 カレッサから切り離された部分はほどなく腐り消える。勝利の証として持ち帰ることもない。


「……そうとも言い切れん」


 元は隣接する港町の漁師同士の小競り合いと聞いている。

 本来なら大事になるような事態ではなかったはず。

 近年カレッサ戦闘がなかったから、政府方が国民への見世物、余興として組んだ試合のようなものだった。

 負けた方が謝罪し、賠償する。

 この戦闘の結果でザオゾウが勝ち誇ることもないだろうが、負けを認めるとも思えない。


「騎士としては、君の勝利さ。僕が保証するよ」

「そうか」


 立会人とはいえこちらサイドのイファンシの保証では大した意味を持たないとは思うが。

 右肩の紋章。二重太陽の中の星十字が半分削られてしまった。得意なはずの空中戦で超硬弾を当てられた。

 意味のない賛辞でも、恰好のつかないこの傷分くらいの慰めにはなるかもしれない。



  ◆   ◇   ◆

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