第7話 空に踊る
ぴり、と。感じたのとほぼ同時。
「おらぁぁ!」
バシフロラの右主腕がエネルギーをまとい振り上げられた。
痺れを感じたのは強まった力場が発した電気が、カルメのコックピット内を満たす液体――クーニャ呼ばれる――の中に走ったのだ。
近いからこそ感知できる。ただ、感知した後に反応しても遅い。
副椀の三倍以上の力で振るわれる主腕のエネルギーブレードは、まともに食らえば一撃でカレッサを大破させる必殺の一撃。副椀の連撃とはわけが違う。
「っ」
「なぁっ!?」
腕が多いから強いわけでもない。
主腕の一撃の直前にバシフロラの副椀が道を開けていた。攻勢が薄まったそこから攻撃がくることくらい予想できる。
左後方に一瞬だけ大きくスウェイして、当てようと伸ばそうとしてきた敵の主腕をカルメの副椀で
「くそがぁ!」
下段から振り上げ過ぎた自身の主腕で、バシフロラ右肩上の副椀が叩き切られる。
バックステップから切り替え、体勢が崩れたバシフロラの腹に一撃を――
「ぐぅっ!?」
「なめんじゃないよ!」
上に泳いだ機体の勢いのままバシフロラの足が跳ね上がる。
踏み込みかけたカルメの胴体を蹴り上げられた。
ザオゾウ共和国筆頭騎士リジー。性格は最悪の部類の女だが侮っていい相手ではない。忘れていたわけではないが好機と焦ったか。
「っ」
「待ちな!」
今度はこちらが蹴り上げられた勢いのまま飛んだ。
音速衝撃波で地面を吹き飛ばしながら真上に。数秒で雲にまで達する。
一拍遅れて追ってくるバシフロラと、舞台を空中戦に移す。
糸斧カルメは腰を据えて打ち合うタイプの重型カレッサではない。バシフロラの得意に付き合う理由もない。
「いけるか、試作品」
背中に差していた武器を手にした。
巨大な包丁のよう。背中が分厚く三角錐のような無骨な形をした武器。
密度の高い超硬金属製だが、薄っぺらな武器ではカレッサの装甲に損傷を与えられない。
主腕そのもののブレードほどの威力は出ないが、空中戦ではやはり長物がほしい。
カレッサ同士がぶつかる衝撃は激しい。コックピットを満たす高圧の液体クーニャが和らげてくれるとはいえダメージが溜まる。まして重量は向こうが上。
「あの女らしい」
追ってくるバシフロラは両方の主腕それぞれに鉄塊のような棍棒を握っていた。リジーは手数の多さ好む。
間に雲を挟む直前、敵の副椀のひとつが腰から鉄球を手にするのを確認した。
即座に回避運動。静止せず上に、左に、鋭角に。
音速をはるかに超える速度でやるのだから凄まじい圧を受けるが、その中でも装主はコントロールを失わない。カレッサ本体も
「っ!?」
雲の中から飛び出してきた超硬弾がカルメの肩を掠めた。
視認できたはずがないのに、カルメの軌道を直感だけで予想したのか。
「あははっ! 当たりかいっ!」
獣のような戦闘センス。
エオトニア教国より装主もカレッサも多いザオゾウ共和国で、十年以上筆頭騎士をやっている女だ。
先ほど焦って詰めを誤ったと思ったが、違う。
侮ったわけでもない。疑いようのない強敵で、だからこそ詰めを急いだ。その攻撃をいなされた。
強い。
「しかし」
切り返した。
飛んできた超硬弾の方向と、カレッサの稼働で吹き飛ぶ氷の粒で位置は掴める。音は遅れてくるから目が頼りだ。
目の前にいると思った次の瞬間には、手にした骨断ち包丁がバシフロラの進む軌道を一閃する。
「甘いんだよ!」
右腕の鉄棍を包丁に叩きつけて上に逸れた。
すれ違いざまに左の鉄棍でカルメを殴ろうとするが。
「そうでもない」
包丁を握っていない左の主腕のエネルギーブレードでその鉄棍を弾き飛ばした。
「がぁっ!?」
元の強度がカレッサ本体ほどではない鉄棍が砕け散り、バシフロラも吹っ飛ぶ。
ぶつかった衝撃が周囲の雲も弾き飛ばした。
「やってくれるね!」
きりもみから反転したバシフロラの鉄棍とこちらの包丁の分厚い背を打ち合い、離れ、また打ち合い。
打ち合った後は一瞬で千メートルほど離れてしまうが、即座に反転して攻撃と攻撃をぶつける。
互いに相手に時間を与えたら不利だとわかっている。態勢、位置取り、考える猶予。優位を取りたいし取らせたくない。
正面衝突になればどちらの主腕が相手に突き刺さるかわからない。まぐれも相打ちも考えられる。それは騎士の勝敗をわけるべきものではない。
「っ!」
次の打ち合いの直後、すれ違ったカルメに衝撃が。
バシフロラの背中の副椀が、カルメの軌道上に超硬弾を落としていった。投げる動作ではなく置いていくように、機体の背中で。
わずかに反応が遅れ、それを見逃すリジーではない。
「取った!」
後ろを取られた。一手遅れる。
無視して猛烈に加速するが、バシフロラも速度を上げて追う。離れない。戦場に設定された無人島を中心に追いかけっこ。
上がったり下がったり急旋回を繰り返した後、超低空で島の地面を掠めるように土煙を上げながら飛ぶ。
「逃がさないよ!」
猛烈な速度で降下したカルメと、それを追うバシフロラ。
土煙を左右に巻き上げながら、このまま振り切ることはできそうにない。
振り切れない。だから止まる。
超音速飛行から止まることなど簡単ではない。ではないが――
「ぐうっ!」
地面に触れながら急制動。
すさまじい反動がカルメに乗る俺を押しつぶす。ただ反転したわけではない。
手にしていた骨断ち包丁を大地に突き刺し、島の大地を大きく削りながらの方向転換。
爆発したかのような土煙の中、大地に深々と突き刺した骨断ち包丁を軸に急制動をかけたカルメと、ここでとどめを刺そうと最高速度で迫っていたバシフロラ。バシフロラは止まれない。
「なんっ!?」
地面に突き立てられた無骨な包丁。
俺は包丁から手を離した。制動しきれなかった勢いで少し流れながら、反転。
突っ込んできたバシフロラは大地に突き立った包丁の尖った刃を
「くそが!」
強度の違いから断ち切れはしなかったが折れてぶらりと下がる一本の副椀と、大きく体勢を崩したバシフロラ。
反転から全力加速したカルメの主腕が、そのバシフロラを切り裂いた。
「だぁぁぁっ!」
「ふ」
闇雲に伸ばされたバシフロラの右の主腕を、肘当たりから。
致命的な一撃から腕一本を犠牲に逃れたとも言える。リジーはやはり並みの装主ではない。
下がりながら、やぶれかぶれのように残っていた副椀で三つの超硬弾を投げつけてくるが、二つは狙いも外れていた。
ひとつを切り払い、次の一撃で――
「時間切れだよ、二人とも」
「……」
淡々と、楽し気に。
シゼドールのイファンシの声がカルメの動きを止め、バックステップしていたバシフロラはもう一歩後ろに跳ぶ。
「ちっ」
「……」
リジーの舌打ちが聞こえた。そのはずだが、まるで自分の胸中が口に出たような気がした。
◆ ◇ ◆
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