第6話 バシフロラ
「すみません、ノール卿」
立ち上がり、悔し気な声で詫びる少年の声。
フォムロニアの騎士ユドデイド。おそらく現在世界で最も若い装主になるはず。
「恥じることはない。一騎打ちと言っても敵に囲まれていれば本来の戦いなどできはしない」
フォムロニアにはカレッサが一機しかない。
ザオゾウとエオトニアに挟まれた地域の弱小勢力。
三十数年前にエオトニアの工作で独立させた国だ。ザオゾウ共和国との間の緩衝地帯として。
ほぼ属国のような存在だが、エオトニアの国民には安心材料となっている。こうした事態であれば協力するのが通例だった。
少し前まではフォムロニア唯一の騎士は独立戦争を戦った英雄だったのだが。三十数年経てば当然ながら老いる。世代交代直後の若い騎士には荷が重い。
「君はまだ正式に装主になって一年も経っていないはず。あのガーファンは性格は悪いが熟練の装主だ」
「誉め言葉と受け取りましょうか。シェミ・ノール」
「褒められるような行いをしていないだろう。お前たちは」
損傷したペサメノスがゆっくりと浮かび上がり、警戒しながらフォムロニアの港町側に移動していく。
上空で一定の距離を置いて並ぶザオゾウのカレッサ三機が少し位置を変える。ペルサメノス以外への警戒行動。別の方角から近づいてくる機影が確認できた。
ベンドールのカレッサ、ピレトー。
ベンドールとその兄弟国であるシゼドールはフォムロニアと同盟を結んでいる。
エオトニア教国とザオゾウ共和国の間に挟まれた小国群の同盟。ベンドールからも事前予告があり、立ち合い兼援軍として駆け付けたことになる。
「ベンドールのピレトーですか。うん?」
「もう一機来るぞ、リジー」
「面白いじゃあないのさ」
上空にいるザオゾウの騎士たちの方が先に気が付いた。
もう一機。
「【
「遅くなったことを詫びた方がいい? それとも、僕抜きで先に始めたことを怒った方がいいかい?」
女の声音は明るい。楽し気でさえある。
気安い印象だが実力は確かなシゼドールの筆頭騎士イファンシ。
カルメやピレトーはここに来る事前通告をしていたが、彼女は違う。予告なく現れた意図がわからない。フォムロニアと同盟関係のシゼドールの騎士。国の指示で介入することもあり得るが。
状況が変わってどうするかと思ったところで通信メッセージが入った。
『カルメへ。全面対決は不許可。交戦は七分間のみ』
エオトニア教国政府からのメッセージ。有線通信網を経由して近くの基地局から無線を飛ばし一方的な音声のメッセージが送りつけられる。
無人島を目視できる港町に政府の諜報部員がいて、状況は逐次国元へ報告しているはず。本国からの指示が少しのタイムラグを挟んでカレッサに届く。
無線メッセージは相手を選べない。昔はもっと高度な通信技術があったそうだが、偽勅システムにより失われた。
『筆頭騎士リジーに命令。交戦は第四等規定。七分のみとする。ザオゾウの威を知らしめよ』
同様に、ザオゾウ側のメッセージも聞くことになる。
互いの本国がこう言っている以上は従う他に選択肢はない。
特別な力を有するカレッサ装主だが、国の決定は絶対。逆らうことができないのだから。
「聞いての通りさ。お呼びじゃないんだよ、シゼドールのあばずれ」
「では、先の宣告通りシェミィ・ノールに譲りましょう。あなたの首を」
「そういう命令は受けていない」
勝手に話を勧められるいわれはない。
交戦は第四等。短時間で殺意を伴わない戦闘の規定。
第一等であればどちらかの勢力が滅びるまで。第二等は一対一の殺し合い。第三等は殺意抜きで時間制限なし。
殺意を伴わないという規定は、うっかり殺しても仕方がないという幅を持たせているだけだが。
「できませんか?」
「全面対決は不許可だ」
「はっ! 大した忠犬様だね」
毒づきながら島に降りてくる赤い機体。バシフロラ。【
渇いた血のような赤褐色の装甲に、三対の副椀を背負うカレッサ。カルメよりも大きい。
七分間、一対一での決闘。
状況がどう変わろうと許可された範囲で全力を尽くすのが騎士としての俺の役目だ。
「負けた時の言い訳かい、犬っころ」
「お前を相手に言い訳の必要などない」
「言ってくれるじゃあないの、さァ!」
赤い巨体が迫った。
背中の三対六本の副椀を広げて猛烈な勢いで、こちらの逃げ場を塞ぐような連打と共に。
バシフロラと違ってカルメの副椀は二本のみ。しかし。
「はぁぁっ!」
「ふっ」
退かない。むしろ踏み込み、懐に入った。
左右上下から打ち込まれる拳の威力は決して弱くはない。ビルさえ粉砕する一撃を受ければ小さなダメージとは言えない。
だが、背中に背負った副椀からの攻撃はどうしても大振りになる。軌道が見える。
カルメの主腕と脇から伸びる副椀で、小回りが利く内側から全ての打撃を弾き、受け流す。
「ははぁっ! やるねぇ!」
「別に」
機体同士をぶつけないようホバーで距離を調整しながら、バシフロラの連撃に対処する。
常人なら目で追うこともできない速度だろうが、カレッサに乗る騎士の戦いとはこういうものだ。
ぴり、という刺激が左の下瞼辺りを擦った。
◆ ◇ ◆
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