第5話 若獅子



「騎士の風上にも置けない卑怯者が!」

「口上だけは立派な坊ちゃんですな」


 長距離無線は偽勅の影響を受けるが、近距離は違う。カレッサ装主同士の言葉は操縦席に丸聞こえだ。

 改竄かいざん隠蔽いんぺいもできない。生の肉声と互いのカレッサをぶつけ合いながら、卑怯者とののしる声とそれをあざける声。

 予告時刻と違う急襲に対して、フォムロニア唯一の騎士ユドデイドは憤りをぶつけた。


「三対一で恥ずかしくないのか!」


 カレッサに乗る装主を騎士と呼ぶ。

 各国を代表する戦士としての誇りをもって戦うのが常だ。

 戦争の全権を担う代表者だからこそ、卑劣な振る舞いをしないという不文律があった。騎士として恥ずべき戦いは国民への裏切り。


 不文律、というのは一般人に広められた誤解だ。

 百年前の大乱の後、一定の戦力の均衡状態に至り、そのバランスを無思慮に崩さないようにルールを定めた。

 各国各勢力の主導者が交わした交戦規程であり、戦争を茶番劇にする密約。やりすぎないように。

 紛争など問題の解決にカレッサを使う際は、先にそれを宣言すること。騎士同士の戦いは一対一を原則とすること。カレッサを用いた無用な民間人への攻撃は禁ずる。

 目に余る不当な行いがあった時には、他国の騎士が介入する可能性も示唆されている。


 今日、フォムロニア海岸沖の無人島での戦闘は事前の宣言通り。フォムロニア唯一の港町の船乗りも、近海が戦場になると知っているから船を出していない。

 正午よりずっと早く出てきて、有線通信網にフォムロニアの騎士が怖気づいたと勝利宣言を繰り返し流したこと以外は約束通り。

 フォムロニアの民がザオゾウ領海を侵犯したとか、あることないことも声高こわだか吹聴ふいちょうされた。

 騎士として黙っていられるはずもない。政府の許可が出ると同時に【死命】ペルサメノスで飛び出した。



「アタシらは立会人さぁ。手出ししていないだろう、ボウヤ?」

「元はフォムロニアの漁船が我が国土を侵したゆえのこと。見苦しい言い訳はよせ」


 毒々しい赤い機体バシフロラはザオゾウの最強機として有名だ。三対の副椀を背負う異形のカレッサ。

 ザオゾウ共和国筆頭騎士であるリジーが耳に障る声で笑い、続けてもっともらしくザオゾウ側の言い分を吐く男。大槍を持つ機体の装主はトゥバーンと言ったはず。

 フォムロニア国民を不安にさせてユドデイドを引きずり出したくせに白々しい。


「お前らの言い分なんか」

「言葉よりも力で正しさを示したらどうです。ユドデイド君」

「くっ!」


 遠巻きに見ているだけの二機ではなく、目の前のカレッサ【不次】ランタナが迫っていた。

 速さに差があるわけではないが対応が遅れる。遅れる為に雑になる。

 飛び退いたところに衝撃が。


 異常な強度を持つカレッサ同士の戦いでは決定打になりにくい飛び道具。炭化タンタル合金の超硬弾をぶつけられた。ユドデイドの動きを予測して投げ込まれた。

 見ていれば避けられたつまらない攻撃だが、受ければ衝撃はある。


「ペルサメノスをなめるな!」

「ユドデイド君をなめているんですよねぇ」


 さらに下がったユドデイドのペルサメノスに、ランタナが主椀のブレードで斬りかかってきた。

 体勢を崩したユドデイドを討ち取ろうとする攻撃だが、迂闊。


「僕はフォムロニアの騎士だ!」


 補助脚と主脚で全力ブースト。地面を爆散させながら飛びかかってくるランタナの足元に潜り込みながら切り裂く。


「ま、無能な騎士ですがね」

「っ!?」


 するりと、宙返りでかわされた。

 同時に真上から副椀に握った超硬弾を叩きつけられた。カレッサの決闘ではほとんど意味のないはずの攻撃のはずなのに。


「うぁぁぁっ!」

「【不次】ランタナとこのガーファンの相手には不足かと」


 超硬弾でもカレッサの装甲強度には劣る。だが叩きつけた力は強烈で、真上からぶつけられたその勢いを逃がすことができない。

 地面を何度かバウンドして転がったペルサメノスに対して、宙返りから着地したランタナがブレードを構え直した。

 超硬弾とは違う。カレッサの装甲に高密度のエネルギー場をまとわせたカレッサの主武装。


「【死命】ペルサメノス、終わりです!」

「うっうぁっ!?」

「退けぇガーファン!!」


 無様に距離を取ろうとしただけのユドデイドと、その軌道を見切って叩き潰そうとしたガーファンの間に、糸のような一閃が駆け抜けた。

 輝くような一閃。



「【不次】ランタナ、装主はガーファンだな」

「これは、また……横やりとは無粋ですねぇ」

「事前に通告しているはずだ。この一戦、フォムロニアの友好国・・・としてエオトニアが受けると」


 最後の一撃を諦めて退いたランタナと、上空で一定の距離を保つバシフロラとトゥリパに対してわずかな揺らぎも見せず、凛としたたたずまいで立つ。

 騎士とはまさにこうあるべしと背中のユドデイドに見せつけるように。


「属国の危機にお優しいことで」

「順番にかかってくるのなら騎士として受けよう。ただの殺し合いをしたいのならそれもいい。エオトニア教国筆頭騎士シェミィ・ノール。【糸斧】カルメが相手になろう」

「恰好のいいお姿にそそられますが、あなたの相手は私ではありませんので」



 憎々し気に返しつつもう一機の遅れてきた援軍を確認して、ガーファンは戦場の無人島からランタナを飛び立たせた。



  ◆   ◇   ◆

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