第14話 ジステン伯爵が

 湯遊屋に戻って二人が温泉に入ってる時に若女将が血相を変えて僕の小屋にやって来たんだ。


「ハルさん! また変な貴族がやってきて、予約もしてないのに泊めろって言ってきてるの。コッチには来させないつもりだけど、一応結界を張って来れないようにしておいて下さい!」


 僕にそう告げる若女将に分かりましたと返事をして結界を張る。それから戻っていく若女将の後を空間魔法で気配遮断を行い着いていってみた。


 そこには女将に難癖をつけている中年男性と若い女性、更には年若い男女の四人がいたよ。若い女性は死んだ魚のような目になってるけど…… 大丈夫かな?


「ええい! 私は誇り高きダルガー王国のジステン伯爵だぞ! 予約なんぞせずとも泊めるのが当たり前だろうがっ!!」


 うん、この名前に聞き覚えがあるよ。確かあの盗賊たちの頭が言ってた名前だね。メイビー嬢を狙っていたよね。僕がそう思い見守っていたら、更に喋り出すジステン伯爵。


「良いか、私は王太子殿下の覚えもめでたい伯爵なのだ。こんな宿の一軒ぐらいは簡単に潰せるんだぞ! 分かったらさっさと宿泊手続きをしろ!」


 この伯爵は王太子の庇護を得ているって事が分かったね。メイビー嬢を狙ったのも王太子にいいとこを見せようとした独断なのか、それとも王太子に命じられたのかは不明だけど。

 さて、女将はどう返答するかな?


「ジステン様に申し上げます。この地はダルガー王国とテリス帝国、両国の辺境伯様が共同出資されて運営されております。そして、その際に規約として宿泊については全て予約する事と決まっております。例え王族の方とはいえ予約無しの方はお泊めする事は出来ません。ですので宿泊なさりたいのであればご予約をお願い致します。どちらにせよ、本日から二ヶ月先までは予約していただいているお客様でいっぱいですので、それ以降のご予約となりますが」


 女将がキッパリとそう言い切るとジステン馬鹿がキレだしたよ。


「貴様! 聞いてなかったのか!! 私はダルガー王国の栄誉ある伯爵だぞっ!! その私を門前払いにしよう等とは片腹痛いわっ!! さっさと私と息子夫婦の二部屋を用意して来い!!」


 息巻いてそう言い切ったジステンの後ろから豪奢な馬車がやって来たよ。そして、その馬車がジステンの真後ろに停まる。御者がジステンに声をかける。


「そこの方、宿の前で立ち往生しては困るなぁ。退いてくれるかなぁ?」


 あの紋章はダルガー王国の南部辺境伯にして王弟殿下でもあるクリュウ様の紋章だね。予約していたんだ。女将もホッとした顔をしているよ。ジステンは気が付かずに馬車に振り向いて叫んだよ。


「ええい! 煩い! 私はこの者と話をしているのだっ! 何処の誰が知らぬが話が終わるまで待っておれっ!!」


 で、そこで紋章に気がついたようだよ。


「あっ!? いや、違うのだ、いや違います。ちょっと今は宿の者と交渉中でしてですな……」


 声のトーンがいきなり下がって弁明しだすジステンだよ。そこに息子と思われる青年とその妻と思われる女性が喋り出したんだ。


「オヤジ〜、いつまでチンタラ交渉なんてしてんだよ! 俺に任せておけって言ってたのは嘘かよ?」


「お義父様、ワタクシもう疲れましたわ。早く温泉に入りたいですわ」


 二人からそう言われて慌てて黙らそうとするジステン。


「ええい、少し静かにしておけっ! 今からこちらの辺境伯様と交渉するのだからな!」


 へぇー、クリュウ様と交渉する気なんだ。無駄だと思うけどなぁ……


「おい、そこの御者、馬車には辺境伯様がおられるのだろう? 私はダルガー王国のジステン伯爵だ。少しだけ辺境伯様のお時間を頂いて話がしたいのだ、だから話を通してくれ」


 そう言われたけど御者は後ろも見ずにジステンに返事をしたよ。


「いやー、無理じゃないかなぁ。確かにこの馬車は辺境伯様の馬車だけど、辺境伯様はお忙しい合間をぬってこの湯遊屋に来てるから、他の方と話をする時間なんて無いと思うなぁ」


 本当に人が悪いと思うよ、僕は。だって……


「なっ!? たかが御者風情が偉そうにっ!! 良いか、私は貴族だっ! 貴様とは身分が違うのだっ! 私がその気になれば貴様を無礼打ちにだって出来るのだぞっ! だから早く辺境伯様に取り次げ!」


 そう脅すジステンをボーッとした顔で眺めながら御者を演じている人が言う。


「いやー、やっぱり無理だなぁ。俺って天の邪鬼だからヤれって言われるとヤりたくなくなるんだなぁ」


 そこでジステンの息子が我慢の限界になったようだよ。腰の短剣を抜いて御者に飛びかかったんだ。必要は無いけど僕は一応、御者に結界を張って上げたよ。


「このド平民がっ!! 誇り高い貴族を馬鹿にしやがって! 死んで詫びろっ!!」


 そう叫んで飛びかかった伯爵の息子は御者が手に持っていた木の棒で逆に強かに頭を打たれたよ。


「まだ死にたくないなぁ。この宿の温泉に入りにきたからなぁ」


 そう言いながら打ち据えられてうずくまる伯爵の息子に目を向ける御者。息子を逆に打ち据えられた伯爵は、


「はっ、なっ、えっ!?」


 と驚いていたけど、事態を飲み込むとコチラもキレたようだよ。


「貴様ーっ! よくもワシの息子をっ!!」


 そう言って飛びかかったけど、今度は木の棒で胸を突かれてもんどり打ったよ。


「グハッ、ゲホッ、ゲボッ!!」


 あー、アレはかなり痛いよね…… 僕は少しだけ同情したけど、メイビー嬢を傷つけようとした事を思い出してその同情を捨てたんだ。

 そして、息子の妻だろう女性がギャーギャー喚いている中、死んだ魚のような目をしていた女性が片膝をついて御者に挨拶をはじめたんだ。


「クリュウ様、お久しぶりでございます。このような所でお会いするとはお恥ずかしい限りでございます…… 覚えておいででしょうか? ナーガ・スレーベンの名前を?」


 そう、挨拶を受けた御者さんが辺境伯であるクリュウ様ご自身なんだよね。師匠、マリーナ姉さん、僕はこのタスの湯殿の発展に力を貸して欲しいとこのクリュウ様と、テリス帝国の辺境伯様から頼まれたから、もちろんお顔は知っていたんだ。

 挨拶を受けたクリュウ様は先程とは違いハッキリとした声で女性に声をかけたんだ。


「もちろん、覚えているよ。久しいな、ナーガよ。スレーベン子爵はお元気か?」


「いえ、父は後妻の継母に毒を盛られて半身不随となりました…… 私は家の実権を握った継母により、ジステン伯爵の妾にならされたのです…… このような姿を閣下に見られたくは無かった……」


 ナーガさんの返答にクリュウ様の目が細められたんだ。


「なんと、そんな事になっていたとは…… 最近は忙しくて子爵に連絡も出来なかったので、事情を知らずにいた、すまなかった。ナーガよ、それで私で良ければ今の境遇から助け出してやれるが、それを望むか?」


 クリュウ様にそう問われたナーガさんは、


「いえ、ジステン伯爵は王太子殿下の派閥にございます。私を助けた事でクリュウ様にご迷惑をかける訳にはまいりません……」


 そう躊躇いながらも言い切ったよ。それを聞いたクリュウ様は、


「それでこそ、ナーガよ。そのげんや良し! 分かった、私がナーガを娶ろう。良いな! ジステン! 本来ならば貴様も貴様の息子もいや、一族共々、私に対する不敬で爵位剥奪を命じても良いぐらいなのだが……」


 クリュウ様が未だに打たれた場所を抑えて驚愕の顔をしている三人にそう言うと、反論することも無くコクコクと頷いている。


「更に、ここの温泉には事前に予約を入れなければ何人なんびとであろうとも泊まる事は出来ぬ! よって、即刻この地を立ち去るが良い! 早く立ち去らねば俺の気持ちが変わって手打ちにしてしまうかもしれぬぞっ!!」


 最後にクリュウ様がそう言い放つと、三人は大慌てで自分たちの馬車に走り込み、早く出せと御者に命じていたよ。


 ヤレヤレ、人騒がせな伯爵だったね。さてと、解決したようだし、僕ももう一度温泉に入って休もうと思ったら、そうはいかなかったよ……


「さて、隠者様か、マリーナ様か、ハル殿か分からぬが、居られるのだろう? どうか姿を見せて貰えないだろうか?」


 辺境伯様であるクリュウ様にそんな事を言われて隠れている度胸は僕には無かったよ……

 師匠かマリーナ姉さんなら、自分が会う気にならなければ姿を表さないだろうけどね。僕は小心者だから…… 




 

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