第9話 タスの湯殿へ
話が終わり朝食を食べようという時にタイミングよくマリアさんが飛び起きてきたんだ。
「もっ、もっ、申し訳ございませんっ!! お嬢様!! まさか私が寝坊してしまうとはっ!?」
そう言ってメイビー嬢に土下座している。そうそう、この異世界には土下座文化があるんだよ。師匠も良くマリーナ姉さんに土下座していたなぁ……
なんて感慨深く思い出していたら、メイビー嬢が
「もう、マリア。そんなに謝ることは何もありませんわ! ここはお屋敷ではないのよ。いつも私を守る為に気を張っていたんですから、
と土下座しているマリアさんに優しくそう言ったんだ。そして続けて、
「それに、私はもう貴族ではありませんわ。マリアが私の両親への恩義で仕えてくれているのは分かっていますけど、出来ればこれからは姉として私に接して欲しいですの…… そう…… 両親が生きていた頃のように……」
そう言った。それを聞いたマリアさんが、ハッとした顔をする。
「でっ、でも、お嬢様……」
「メイビーよ、マリア姉さん……」
メイビー嬢がそう言うとマリアさんが泣き笑いの顔になって、
「本当に、良いの? メイビー。昔のように戻っても?」
メイビー嬢に確認する。メイビー嬢は椅子から立ち上がり、まだペタンと座ったままのマリアさんに抱きついて、涙を流しながら言った。
「ゴメンナサイ、マリア姉さん。私が弱かった所為でメイドにさせてしまって、ゴメンナサイ。わた、私……」
そう言って泣き出したメイビー嬢の背中を優しく撫でながら、マリアさんは言った。
「ううん、良いの、良いのよ。メイビー。私だって弱かったんだから、貴方の所為じゃないの。また、昔のように戻れるんなら、それで良いの」
そうか、二人は姉妹のように前子爵ご夫婦に育てられていたんだね。そりゃ、マリアさんも離れようとしない訳だよ。
感動の光景に無粋な口は差し出したく無かったけど、いつまでもこのままじゃ観光も出来ないしね。僕は敢えて憎まれ役を買ってでる事にしたよ。
「はい、お二人とも。良かったですね。それじゃあ、折角なので朝食を食べましょう。冷めては美味しくなくなりますからね」
何が折角なのか分からないが僕は勢いでそう言い切った。もちろん、メイビー嬢とマリアさんからはジト目で見られてしまったよ…… でも本当に雑炊は冷めてもそれなりに美味しく食べられるけど、出来たら温かいうちに食べて欲しいからね。
僕の言葉に二人が落ち着き、食事が始まった。その時にメイビー嬢がマリアさんに報告したんだ。
「そうそう、マリア姉さんが起きて来る前にハルとお話してたんだけど、私たちを受け入れて下さるマリーナ様が実はハルとお知り合いだと分かったの。凄い奇跡ですわ」
うん、メイビー嬢はやっぱりマリアさんと話す時には貴族口調が少しだけど庶民口調に近くなってるね。
「えっ!? そうなの、ハル?」
マリアさんが驚いたように僕に聞いてきた。だから、僕のスキルについては喋らずに、僕とマリーナ姉さんの関係をマリアさんに説明したんだ。
「そうだったんだ…… マリーナ様がハルの姉弟子。あの…… ハルに聞いていいのか分からないけれど、魔鏡の森の隠者様は今はどうされているのかな?」
心なしかマリアさんの僕に対する口調も優しくなったようだ。僕はマリアさんに聞かれた事に正直に答えたよ。
「師匠は僕も既に一人前になったと思ったらしく、遠くへと旅立ちました。今はもう魔鏡の森には居ません」
僕の答えを聞いた二人は残念そうな顔になった。
「そう…… 隠者様は既に居られないのね……」
「クッ、教えを受けたかったな……」
先の言葉がメイビー嬢、後の言葉はマリアさんだった。っていうか師匠ってもしかして有名人なの? 僕の不思議そうな顔を見てメイビー嬢が聞いてきた。
「ハル、不思議そうな顔をしてるけれど、どうしたのかしら?」
「いえ、お二人とも師匠の事を知ってるような口振りでしたから…… ひょっとして師匠って有名なんですか?」
僕の言葉にマリアさんがため息を吐きながら言った。
「ハア〜、何も聞いてないの、ハル? マリーナ様にも? 良いわ、私が教えてあげる。魔鏡の森の隠者様は凡そ十九年前にダルガー王国を救った英雄様のお一人で、その名をユウヤ・シラミネ様というのよ。全ての魔法を駆使されると言われていたけど、噂では鑑定魔法だけは使えなかったと聞いているわ。救国の英雄様は五人居られて、その内のお一人が厄災との戦いでお亡くなりなったそうよ。マリーナ様はその亡くなられた英雄様の忘れ形見だと言われているの。真実は知らないけれどね」
何と、師匠が英雄の一人だったなんて、初めて聞いたよ。しかもその名前って…… 明らかに日本人だよね。五人の英雄って召喚された人なのかな? そう思っていたらマリアさんの話が続いた。
「五人の英雄様たちは三十年前のとある日、突然にこの世界に現れて、厄災といわれた邪竜を十一年の月日をかけて倒されたのよ。で、亡くなられた英雄様と魔鏡の森の隠者様以外の三人の英雄様は元の世界に戻られたという話だよ。三人の英雄様のお名前は、【剣神】タイト・タカハシ様。【神人】ショウ・イシカワ様。【奇人】ハジメ・カグヤ様だよ。魔鏡の森の隠者様は【魔神】の通り名を、亡くなられた英雄様は【神女】の通り名だったそうだよ」
いや、待って…… 奇人さんのお名前に聞き覚えがあるんですけど…… 今は亡き親父殿の名前と一致してますけど、どっ、同姓同名なだけだよね? 多分……
それに
それに地球で親父殿は五十六歳で亡くなってるんだから、同一人物な訳ないよね……
「中でも【剣神】様、【神人】様、【神女】様、【魔神】様の活躍が凄まじく、当時、【奇人】様の評価はかなり低かったそうなのだが、この世界を去る前に剣神様と神人様が【ハジメが居なければオレたちは全員が失敗していた】という言葉を残されたという話から、奇人様の評価も高くなっているのよ。ただ、この世界を去る時に奇人様はかなり打ちひしがれていたそうで、神女様を守れなかったと悔やまれていたという話が伝えられているの」
うーん…… そう言えば僕が社会人二年目で里帰りした時に親父殿がやけに元気が無かったときがあったような…… でも時間経過が違ってるしね…… いや、まさかね…… 忘れよう。
「そうなんですね。師匠やマリーナ姉さんからそんな話は聞いた事が無かったものですから。今、初めて知りました。教えてくれて有難うございます」
僕は内心の葛藤を振り捨てて、マリアさんにそうお礼を言ったんだ。
それから、気持ちを切り替えて二人にこう聞いたんだよ。
「僕もマリーナ姉さんに用事があって向かうところだったんですけど、急ぎでは無いですし、予定通りタスの湯殿に向かうので良いですか?」
二人からも勿論と返事を貰えたから、僕は馬車を洞窟から出して、馬を繋いで出発する準備を整えたんだ。
『ハル、また明日なぁ』
洞窟のドウくんからの挨拶に、僕も
『うん、またね、
と返して、僕たちはタスの湯殿に向けて出発したよ。
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