第21話

「確かな感触があった。御伽林さんを困らせていた魂は斬れたかな?」


 握りしめられた銀剣は踵を返した直後、突如として光の泡沫へと変り虚空へと消え去った。


 霊は完全無欠に祓われた。


「うん...ありがとう。間違いなく私を襲ってきた奴だったよ、ありがとう」


 そう言って笑顔で感謝を伝える彼女は晴れ晴れとした気持ちになった。ずっと悩んできた存在がいなくなり、解放された。これほど心に曇りが一点もないのはいつ以来だろうか。ブレイブの助力がなければひょっとしたら死ぬまで悩んでいたかもしれない。故に多大な恩を感じていた。


「どういたしまして。御伽林さえよければこのまま眼の使い方を教えるけどどうする?」


 とはいえ根本的な問題は解決していない。目の制御ができない内は似たような魂に絡まれる可能性もある。悩みを解決する為にも早めに使い方を教えたかったが御伽林は首を立てに振らなかった。


「っ...ごめんね。ちょっと情報量が多すぎたみたいで軽い頭痛が起きて...」


 勘解由小路は直ぐに近づいて額に手を当てる。


「ふむ、熱はないね。家で休めば直ぐに良くなるだろう。我々はお暇するとしよう」


「そうか、わかった。お大事にな!また明日学校で会おう!」


「うん...また明日」


 明らかに顔色が悪くなっていた。寸前までは赤みのかかっていた顔面は蒼白になり、気怠げに自宅の門を開け帰宅する。そんな姿を見て呼び止める気もなく、ブレイブと勘解由小路はその場から離れて会話を始めた。


「様子が普通じゃなかったね。幽霊を退治した直後は喜んでいたってのに君が歩み寄ってくれば病人のような有り様。はっきり言って異常だよ」


 幽霊の呪いだとでも言いたげな様子だ。だが無理もない。それほどまでに彼女の体調の変わりようがおかしかったのだ。


「...魂が原因では無いと言い切れますよ。あの程度の一撃で沈む霊体にそんな力はありません」


 彼女が体調を崩したのは確かに霊体を倒した直後だ。因果関係を辿るなら間違いなく斬った後だが、腑に落ちない。仮に弱い呪いを使えたとしても魔眼持ちの人間はそう易々と通されない。


「まあ、直ぐに治れば問題ないがね。明日の登校を待つとしようか」


「ええ、その通りですね」


 現状では手の打ちようがない。原因を追求しようにも調べようが無いほど情報が薄い。何度か似たような症状が出たことがあるのならブレイブの専門では無い。病院にでも行って診てもらう他ない。


 なんにせよ御伽林からの証言なしには何もできない。大人しく駅から来た道を辿っているのだが。


「この家の前さ、通るの三度目だよね」


「先輩も気づいてましたか。俺たちが極度の方向音痴だとしてもこんな道を3回もグルグルと回る程馬鹿じゃないですよ」


 気がつけば夕暮れの帰り道を延々と歩き続けていた。歩みを進めても特定の場所を通過すると元の道に戻される。幾度繰り返そうとも出られない終わりのない迷路のような空間だ。


「幽霊退治の直後にコレだ。偶然ではないね」


「何者かが意図して俺たちを閉じ込めていますね。御伽林が体調を崩したのと関係があるかもしれません」


 ブレイブは静かに製剣の魔法にて剣を取り出す。勘解由小路を守れるように前方に立って辺りを警戒する。


(屋内には人の気配は一切ない。空間を弄って現実の道をループさせる手法じゃない、風景を写した異空間に入り込んでしまったか)


 他に人の気配はない。御伽林の自宅までの道のりで車や帰りがけの学生や老人など少なからず人とすれ違ったがそれが一切ない。果てには屋内からの音が皆無だ。人々の生活が感じられないこの住宅街は作られたハリボテで間違い無いだろう。


「俺たちに用があるんだろ?出てこいよ、そうしないと空間ごとぶち抜くぞ!」


 脅しをかける。実際にそんな事をしてしまっては余波で住宅街がしっちゃかめっちゃかになってしまうので破壊する気はない。襲撃者としてもバレずに始末をしたいが故に別空間を作り出したのだろう。この揺さぶりは効くはずだと剣に魔力を込めて現実味を帯びさせる。


 すると、空の一部が砕けた窓ガラスのようにひび割れ、仮面を被った人間が現れる。


「君たちは危険因子と判断した。ここで排除する」

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