第2話

 目で確認するために進もうとするが、なぜか動かない。体がこの道の先に進むのを拒否しているようだ。

 そりゃあ前世でもこんな気味悪い場所に進んで行ったことなんてないし、怖い。

 でも行ってみないとわからない。何事もこの目で確かめるまではただの憶測にすぎないのだ。


「うう、怖っ」


 大人ならギリギリというところだが小柄な、というか小さすぎる俺の体なら余裕で通れた。

 時々薄ら寒い風が吹き抜けるたび、本能的に体が震える。前世の肝試しっていうのはこんな感じだったんだろうか。あいにくと俺はやったことがないが。


 しばらく進むと通り抜けられたが、道を抜けた俺の目の前に広がっていた光景に思わず絶句する。

 そこには幅広い年齢層の人たちが地面に座り込んで、まるで寒さに耐えるようにお互い身を寄せ合っていた。

 いや、実際寒さに耐えているのだろう。見る限り、全員栄養失調を患っているようだ。

 今ってそんなに寒い季節だっただろうか? まあたしかにほとんど食べるものがなく、ここから全く動くことがないために低体温症になってしまってるんではないだろうか。

 前世中学校で習ったことの一つに、体温の熱は食事の栄養を燃料に筋肉が活動することで生み出されているというのがあった。彼らは今まさに栄養が全く足りていない上、ほとんど体を動かさないということが重なって低体温を引き起こしている可能性がある。といっても、俺には医療技術があるわけでもそれ以上の知識を持っているわけでもない。現状、俺にはどうすることもできない。

 それよりも、俺も今日からここの仲間入りをするんだ。悠長に分析なんかをしている場合ではない。

 幸い、今まで歩いてきたお陰で体はぽかぽかとしている。あとは如何にして食料を手に入れるかだ。



 スラムで生活し始めて早くも一週間が経った。初めて来た時、何故か子どもらしき姿を見かけなかったため不思議に思っていたのだが、どうやら食料を手に入れるのは子供の役割らしい。体も小さいし、すばしっこいからだろう。俺も例に漏れず、僅かな食料の調達に駆り出されている。どうやって食料を入手しているかって? それを聞くのは野暮ってもんだ。ただ正攻法ではない、とだけ言っておく。

 お陰でいらないスキルが身に付いてしまった。器用と逃走、窃盗というスキルがな。(言ってしまった)

 そうは言っても、結構ギリギリの時もある。逆に、間一髪逃げ切ったというときの方が多いかもしれない。

 他のスラム仲間はやはり、スラムでの生活歴が長いからか盗みにも慣れている。だが、全く捕まらないということはない。そういう時は他の仲間で協力してみんなで逃げ切るのだ。過酷な状況下での友情、かっこいいな。もちろん、一週間経った今では俺もその仲間の一人だ。


 しかし不運にも俺は、またしても命の危機に晒されるのだった。



 この街でも評判の串肉が売っている店の前では何やら人だかりができている。数人の男が見窄らしい格好をした貧相な少年を囲んで殴ったり蹴ったりしている。時には石で殴りつけたりもしていた。少年の手には串肉が握られていた。しかし、それも大人の力によってあっけなく手から取られてしまっていた。


 少年をを囲む男の一人が少年の髪の毛を上に引っ張り顔を無理やり上げさせる。

 そしてその男は少年の顔を思い切り殴った。そこからは、今まで盗られた分の鬱憤を晴らすように暴力のオンパレードだった。

 しかしいつまで経っても仲間になったはずのスラム仲間が現れない。こういう場合は協力して仲間を助け出すはずなのだ。少年は朧げな意識の中で悟る。


(ああ。俺は見捨てられたのか。まあそりゃそうだよな。ヒョロヒョロな子どもが何人集まっても大人数人には勝てないもんな。加えて俺はまだ一週間の新人だ。俺が勝手に仲間だと思ってただけだったんだろう)


 だがもうだめかと思われたとき、少年の瞳に一際強い光が灯る。


(・・・・でもせっかく転生したんだ、前世より早く死んでたまるか! )


 突如、少年の左目が金色の光を放つ。それと同時に少年の姿が消える。

 常人ではあり得ないほどの、それも怪我だらけの状態ではあり得ないほどのスピードで逃げたのだ。


 だが、男たちが追いつけないだろう場所まで来た時、ついに少年は力尽きてしまった。

 余力を振り絞って人目のつかない路地裏に駆け込み、うずくまる。

 

 どのくらい、そうしていただろうか。


意識も朦朧としてきて思考もままならない。手足も冷えて感覚がない。


(このまま俺は死ぬのか? せっかく逃げ切れたのに・・・せっかく二度目の人生を貰ったのに・・・・嫌だ、死にたくない・・・・! 生きるんだ、俺!!)


 少年の左目は変わらず黄金色に輝いている。少年の心に前世では生まれなかった生への執着が生まれる。


 そのとき、コツコツと足音が聞こえてきた。その足音はこちらに向かって響いている。

 足音が次第に大きくなっていき、それはついに少年の側まできた。少年の視界に影が差す。


「・・・・あら。瀕死ね、少年。どうしたの? もう生きる気力失っちゃった?」


 少年の前に現れたのは赤髪の女だった。女は少年を上から下まで全身を舐めるように見たあと、少年に向かってそう言った。


「・・・失っ・・・ない・・・・」


 それに対して少年は、今にも消えそうな声でそう呟く。だが、その瞳にはまだ生きたいという力強い意思が現れている。


「ーーーーそう。じゃあ助けてほしいなら質問に答えてくれるかしら? Yesなら右目を瞑ってね。Noなら反応しなくていいわ。なぁに、簡単な質問よ。まず一つ目。あなたには魔力がある。それは自覚してる?」


「ーーーノーリアクション。次二つ目。わたしはあなたを限界まで鍛え上げるつもりよ。それについて来れる? それが出来なるなら助けてあげる」


 少年はなぜ彼女がこんな質問をするのかわからなかったが、二つ目の質問に迷ったのち右目を瞑った。


「ーーーよし! わかったわ、助けてあげる。・・・・それじゃあしばらくお眠り。おやすみ」


 女が少年の頭に手を翳すと、手から淡い光出る。すると、少年の体が力を無くしたように前のめりに倒れる。

 女はそれを支えると、少年を抱き抱えて歩き出す。




 ーーーーーこうして、異世界に転生し、危うく死にかけた少年はまだ見知らぬ女に助け出された。

 少年のこの後の人生がどうなるかは誰にもわからない。

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人生イージーモードなんてありえないっ! ラムココ/高橋ココ @coco-takahashi

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