人生イージーモードなんてありえないっ!

ラムココ/高橋ココ

第1話

「はぁっはぁっはぁっ・・・・」


 どうしてこんなことになったんだろうか。必死に走る俺の後ろには燃え盛る炎がもうすぐそばまで迫っていた。

 この世界でできた母は俺を逃すためにこの戦争に巻き込まれて死んでしまった。父と兄は共に戦争に駆り出され戦死した。

 そんなに裕福ではなかったが仲のいいマイペースな両親といつも明るい兄と一緒暮らす毎日はとても楽しかった。前世で味わえなかった家族の愛というものを感じることができて、とても幸せだった。家族を、父と母と兄を、愛していた。

 また、一人になってしまった。

 戦争に対する怒り、家族を失った悲しみ、絶望、再び来るだろう孤独に対する不安、色々な感情がぐちゃぐちゃに絡まって俺の心を掻き乱す。

 一心不乱に走っていると1メートル先くらいに川を見つけた。戦争によって出たゴミなどで汚れているが、今の俺にはあの川に飛び込む以外の選択肢はなかった。

 走り続けつまずきそうな足を叱咤し、川を目指してできる限るスピードアップする。火事場の馬鹿力だろうか。本当にスピードアップしたように感じられた。

 ついに目の前に川が見えた時、俺は思いきって川の水に身を投げた。力を使い果たしたのか、もう泳ぐ気力はなかった。川の流れに身を任せているとあの炎から逃げ切ったという安心感から俺は意識を手放した。

 これで溺れて死んでしまったとしてもその時はその時だ・・・・・




 地球で三大宗教の一つに数えられる仏教では、輪廻転生は存在すると信じられている。だけど誰も死んだことなんてないんだから、信じてない人の方が多いのではないだろうか。もし輪廻転生が本当にあるとしたら神様もいることだろう。

 もちろん俺は輪廻転生なんて信じていなかった。ついさっきまでは。


 いざ自分がその立場になれば、さすがに信じざるを得ない。

 今俺は何もない真っ白な空間に立っている。気づいたら立っていたのだ。目の前には、最低限隠すとこだけ隠した露出狂がいる。


「・・・・誰です? 俺に露出狂の知り合いなんていませんけど」

「何ですって!? 誰が露出狂よッ! ハア、まあいいわ。・・・・ようこそ天界へ、尼崎裕翔くん。単刀直入に言うと、あなたはこちらのミスで死んじゃった人なの。だからお詫びに私の世界に転生させてあげるわ!」


 突然だな。本来なら死ぬ予定はなかったってことか?


「つまりはあんたのせいってことか」

「急に図々しくなったわね! まあそのことについては謝るわ」


 いやだって、目の前の女神に敬意なんて払う必要ないだろ。


「拒否権はーー」

「無いわ」

「最低だな!」


 拒否権なしかよ! 


「女神である私になんて口の利き方!・・・・しかし冷静ね。いきなりあなたは死にましたなんて言われて驚いたり取り乱したりしないわけ?」

「うーん、特に未練もないしな」

「そう・・・・本当にないのね。嘘を言ってるようには見えないわ」

「だからそう言ってるだろ」


「じゃあ、これから転生してもらう世界について簡単に説明するわね。私の世界は剣と魔法がある世界よ」

「・・・・え、それだけか? ものすごく簡単にだったな」

「そうよ。つまりあなたたち日本人から見れば異世界転生ということになるわね」

「そうか。了解した」

「決めるの早いわね!」

「昔から切り替えが早いのだけが取り柄だったからな」


「分かったわ。それでは今からあなたの魂を私の世界へ送ります。良い異世界ライフを。あなたに幸が在らんことを」


 その言葉を聞いたのを最後に俺の意識は途切れた。


 ーーーそして、目が覚めたらルシア・マディオンとして転生していたのだ。




「ハハッ。良い異世界ライフを、か・・・・・」


 転生前の女神とのやり取りを夢に見た。俺の現状と女神の言葉を比べて、乾いた笑いが口から漏れる。今の俺とこんなにもかけ離れた言葉はあるだろうか。


 いつに間にか俺は川から打ち上げられていたらしい。溺れずに済んだのは、意識がない状態で体に力が入ることがなかったからだろう。なぜか服が全く濡れてないが。


 だけど冷気が強く、このままいては今度は体が冷えて風邪を拗らせて死んでしまうだろう。この世界では風邪薬なんて高価なものは俺たち平民、それも孤児が手に入れられるはずもない。貴族に生まれていれば、風邪をひいても風邪薬によって一瞬で治るだろうが。

 着ていた服もほとんどが煤けて破れているところもある。

 体は冷えると段々と動くことが出来なくなる。。幸い打ち上げられてそんなに時間は経っていないらしく、まだ動ける。動けるうちにどこか人の気配がある場所に移動した方が助かるかもしれない。

 ただ、ここがどこなのか全く情報がないためわからない。しかも周りに川や海らしきものは見つからない。

 川から打ち上げられたのなら近くに川があるはずだ。ただ、それが全くない。どういうことだろうか。


 俺が色々と考えていると、近くに一枚の紙が落ちているのを見つけた。見た感じ羊紙のようだが、なんだ? この世界で平民が使える紙と言ったら極限まで細くした草を編み込んで作ったもののはずだし、なぜ貴族が使うような羊紙がこんなところに一枚だけ落ちているんだ? どう考えても不自然だ。


 訝しみながらも近づいて拾ってみると、その紙には文字が書いてあった。読んでみる。


『裕翔くん。いや、今はルシアくんだったわね。異世界転生して9年余り、大変なことに巻き込まれたわね。

今回、転生して再び早くに死ぬ可能性を考えてなかった私からの二度目のお詫びとして、川から助けてあなたを戦争に巻き込まれたところから離れた森に寝かせてあげました! 森といっても開けているからすぐに街への道は見つかると思うわ。念の為、地図を書いておいたのでそれを見ることね。それじゃあ、今度こそ良い異世界ライフを! あなたに幸があらんことを。

(補足)

この紙は街に着いたら売るといいわ。服と食事を買えるくらいの金額にはなると思うから。

(さらに補足)

あなたのびしょ濡れの服は乾かしておいたわ! ふふん、私って親切でしょう?』


「最後の一言は余計だ」


 呟いてしまった俺は悪くないはずだ。まああの女神が親切なのは本当だけどな。

 ・・・・本当に助かった。女神には頭をいくら下げても下げ足りないな。今度転生する時にでも拝んでやろう。(上から目線)


 女神からの手紙を読み終えたところで、早速移動を始める。服も女神が乾かしておいてくれたおかげで、これ以上冷えることはなさそうだ。歩けば徐々に体温が上がって体も温まるだろう。


 女神が書いてくれた地図に沿って街に向かって体感2時間ほど歩いていると、視界の先に人が行き交っているのが見えた。

 ようやく街に着いたようだ。


「やった・・・・! やっと街に着いた!」


 よく2時間も歩けたな、俺。


 やっと見つけた街と人の姿に興奮した俺は、街に向かって真っ直ぐに走る。


 だが、街に入ったところで大柄な男にぶつかられた。


「う・・・・っ」


 体格差がとてもある大の大人にぶつかられたことで、まだ9歳で食事も栄養をよく摂れてるとは言いがたいものを食べている体重も同年代にしては軽い俺なんて軽く吹っ飛んだ。息が一瞬詰まる。


「オイオイ、こんなところになんでこんな薄汚いガキがいるんだァ? 薄汚いガキはスラムの方に行きな!」

「ギャハハハ! ガッゾの言う通りだぜ! さっさと去れや、いつまでここにいるんだ? あぁ!?」


 どうやらここでは俺のような子どもは歓迎されないみたいだな。周りの人も見て見ぬフリをしているか、同じくゴミを見るような目で俺を見ている。


「・・・・そこはどこにあるんですか」

「あ? なんだよ、一丁前だな! そんなの自分で探せよ!」


 聞いてみたが、予想通りの答えだな。こうなったら一人でスラムを探すしかないな。ここにいても、街の人にまた暴力を振るわれるだけだ。スラムには恐らく、俺と似たような子がいるんだろう。ただ、前世でスラムの中でもカーストのようなものがあると聞いたことがある。俺の場合、難民の孤児なので階級は下の方になるんだろうな。


 周りの厳しい視線を浴びながらしばらく街を彷徨っていると、人一人がようやく通れるような一本の狭い道を発見した。

 その先からはなんだかどんよりとした暗い雰囲気を感じる。ここがあの男たちの言っていたスラムなのだろうか。

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