第20話 杯を乾かすと書いて


「ほんじゃ、呑もうかー、かんぱーい」

「乾杯」

「かんぱーい」


 紀一はビール、紀一の妹の樹奈はコーラ、で僕は日本酒を頼んだ。飲むのは僕じゃなく柚月と菊璃だけど。

焼き肉屋のテーブル、ロースターと呼ぶらしいのだが、そこに火がともる。

店員さんが肉を持ってきてくれるまで、少し話すことになった。


「友介、最近は調子どうなん? 心スポ巡り。幽霊見た?」

「あー…幽霊いなかったかな。」

「そっかー、俺は幽霊とか怖ぇから一緒には行けねぇけど、怖い話くらいなら聞けるぜ」

「よく言うよ。兄ちゃんテレビで心霊番組がかかると、すぐに自室にこもるクセにさ」

「ちょっ、馬鹿! 言うなよ! 俺の威厳が台無しだろ」

「元より無いだろ、お前に威厳なんか」

「お前まで酷い! もう俺自棄呑みしちゃうぞ!」


 三人で笑う。紀一は本当に強いヤツだと思う。妹にまで馬鹿にされたら凹みそうなのだがヘラヘラしてやがる。気丈に振舞っているだけだとしたら、将来は名俳優になれる。

 すると樹奈が僕に話を振ってきた。


「そういえば、友介さんってどこの心スポ行ったんですか?」

「そんなには行ってないけど、〇県の△△ってところの、山の中につい最近行ったんだ」

「へぇー…もしかしてだけど、友介さん幽霊が憑いてるかもしれませんよ?」

「「え?」」


 僕と紀一の声が重なる。見事なシンクロだったと思う。

半信半疑だったのだが、話の内容に驚いた。


「二人の影みたいなのが見えますね…。すっごく見にくいんですけど、ぼんやりと何かがいるのだけは分かりますね」

「お、おーぅい、止めろよなぁー、そ、そういうのー」

「すんごいビビってるな」

「ビビッてないやい!」


 咄嗟に紀一の方に話を逸らしたが、間違っていない。この子、タイプの人だ。僕に憑いてる二人もあたふたしている。


「最近見えるんですよね。一回友達と県外に出た時に同じような物が見えたことがあったんですよねー」

「おい、そんな話聞いてないぞ」

「だって兄ちゃんビビっちゃうじゃん」

「ビビらないわい! そんな大事なことは話してくれよ…」

「…ごめん、兄ちゃん」

「…まぁ、湿っぽい話はここまでにして、肉も来たから食おうや」

「そうだな、肉奉行は俺がやってやるよ!俺に任せとけや」

「兄ちゃん焼くの下手だから私も手伝うよ」


 兄妹ってこんなに良いものなんだなぁ、としみじみ思う。

僕は一人っ子だから兄弟がいないから憧れはある。

こういう兄妹が仲良くしている光景は微笑ましいと思うし羨ましく感じる。


 僕は肉を三切れ食べると、祈るときの手のカタチを作り、柚月と交代する。

待ってました、と言わんばかりに柚月が僕の身体に入り込む。

 僕の身体から僕が抜けていく感覚がした。浮遊感がする。それに周りがくぐもっているようだ。音が、声が聞こえにくい。

僕の後頭部を眺める形で僕の魂が抜けている。今の僕の身体には柚月が憑依しているのだろう。


「友介様、今のままでは魂が天まで浮遊する可能性がありますので、万が一に備え、私の手を握っていてもらえますか」

「ぅン、ワヵったヨ」


 普通に話しているつもりだが、発声が儘ならない。

幽霊が人に話しかけるときに奇妙な音や声に聞こえる原因はコレだったのかもしれない、と考察する。

 その間も菊璃の手を握り続けている。

女性経験が乏しい僕だが、今は恥ずかしがるとかそんな余裕はない。


「柚月様のことですから、食事に集中して私たちのことに気が向かないことでしょう。今はここで体、いえ魂を慣らしておきましょう」

「ウん」


 浮遊する身体を菊璃が手を掴んで支えてくれている。

慣らす、と言ってもここで柚月が満足するのを待つだけなのだが。

 浮遊する感覚もなかなか面白い。腹筋というか、下腹部に力を入れると足が下に降りるのだが、気を抜くと上へ登って行ってしまう。

 上へ行くと抗いがたい多幸感に襲われるので、ある程度上ってしまうと戻ってこれなくなるのだとか…




「おや、柚月様がお戻りになられる様子です。友介様、ご自身の身体に一度お戻りを」

「菊璃は飲み食いしなくていいの?僕はここにも慣れたから大丈夫だけど」

「…どうやら友介様でないと解決できなさそうな問題ですので」

「OK…」


 菊璃が僕の身体に手を伸ばし、僕の体の中から柚月を引っ張り出し、僕を投げ入れる。

周りの音が鮮明に聞こえる。うるさいくらいだ。


「おいおい、大丈夫かよ、友介、日本酒なんて飲みなれてない物呑むから…」

「あ、あぁー心配させたな。悪ぃ」

「…普通に戻った…」


 樹奈は僕の様子の変化に訝しんでいる。

これ以上怪しまれないようにいつも通りを演じる。

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