第4話 禁術使い、契約する

「———ば、ばぶぅぅ! ばぶあーあー!!(や、やめろっ! やめろ馬鹿っ!)」

「あっ! 馬鹿とは何よ馬鹿とは! 私を置いて1人で勝手に死んだくせに!!」


 俺は必死に脱出しようと藻搔くが、1歳の俺には到底悪魔であるリリスの腕を振り解ける訳がなく、豊満な胸に包み込まれているせいで呼吸困難に陥っていると、リリスが不満気な声色でさらにぎゅーっと抱き締めてくる。

 そのせいで余計に俺の顔が胸に押し付けられ———


「ば、ばぶっ……(し、しぬっ……)」

「あ、ごめんね」


 ———甘くて蠱惑的な匂いとこの世のものとは思えない柔らかい感触に包まれながらも、後少しで死にそうな所まで追い込まれることとなった。

 流石に2度目の人生が女性の胸に押さえつけられた際の呼吸困難、なんて絶対に嫌だ。


 俺は何度も深呼吸と咳を繰り返しながら目に軽く涙を浮かべて睨む。


「ばぶぅ、ばぶぅぅぅ……あーあーあー(ほ、本当に、死ぬかと思った……何てことしてくれたんだよ)」

「だ、だって本当に久し振りに逢えたからつい……って勝手にいなくなったご主人様が悪いんだからね!」


 『私は不満です!』とでも言う様に頬をリスの様に膨らませ、プイッとそっぽを向く。


 普段は魅惑的でミステリアスなお姉さんなリリスだが、俺が数日構わなかったら今日と同じ様にぷりぷりと子供の様に怒るのだ。

 まぁ彼女には悪魔王という兄以外に仲の良い者は俺以外に居らず、俺以外の者は彼女の色香に掛かって堕ちてしまい、壊れてしまうので俺が貴重と言うのもあるのだろうが。


「はぁ……ばぶばぶばぶ……(はぁ……悪かったよリリス)」

「何が悪かったか分かってる?」


 リリスが俺の顔を覗き込む。

 その吸い込まれそうなほどに美しい黒い瞳には懐疑的な感情が容易に読み取れた。


「ばぶばふばぶぶ。ばぶばぶばぶぶ。———ばぶばぶば(リリスに言わずに死んだこと。最終決戦でリリスを呼ばなかったこと。———リリスを1人にしたこと)」


 俺が転生してから何年が経ったのか不明だが、こうして人の身体に神力が流れていることから恐らく数100年は経っているだろう。

 そんな中でリリスを1人にしたことは、流石に悪かったと思っている。


「……許してあげる。よかったわねご主人様。私が素晴らしい人格の持ち主で」

「ば、ばぶぶばぶばぶ(ま、悪魔が素晴らしい人格っているのもおかしいけどな)」

「五月蝿い」


 再びそっぽを向いて不貞腐れるリリスの姿を見ていると、小さく笑みが溢れた。

 今思えば転生してから初めて笑ったかもしれない。


 俺は必死に体を動かしてリリスの頭に小さい手を乗せ、優しく撫でる。

 途端にリリスはピシッと体を強張らせた後、此方を驚いた、といった風に見てきた。


「……珍しいわね。ご主人様から私に触れるなんて」

「ばぶばーぶあー。ばぶばぶばぶ。(ずっと待っててくれたんだ。これくらいしないとな)」

「……こんなのじゃ足りないわよ」

「ばぶ、ばぶばぶ?(じゃあ、何をすればいいんだ?)」


 リリスは俺に魅惑的で誰もを魅了する、それはもう美しい笑みを浮かべて言った。



「———私ともう一度契約してよね、ご主人様」



 この日———俺は2度目の契約を交わした。







『因みに俺が転生したのは何年後だ?』


 契約が終わった俺は、リリスに一先ずこの部屋の俺達が神にバレないように結界を張ってもらった後、ふと気になったので訊いてみた。


 因みに契約するとお互いの手の甲に契約紋が現れる。

 契約紋は同じ悪魔契約者にしか解らないようになっているため、神々にも両親にもバレる心配はない。

 更に契約したことにより、相手にテレパシーで言葉を伝えることができるようになった。

 これでばぶばぶしなくても会話ができる。


「うーん……この世界のことはご主人様が居なくなってからあまり見てなかったけど……500年は経っていると思うわよ」

『500年か……まぁ妥当な数字だな』


 少し悩みながら自信なさげに言うリリスだったが、恐らくそこまで間違っていないと思う。

 転生自体も数年や数十年だと転生してすぐに見つかって殺される恐れがあったので、少し遠い未来に設定していたのだ。


『だが、500年が経っているにしては……』

「———文明が進んでいない、って言いたいんでしょ?」

『ああ。数十年ならそこまで変わっていなくても違和感はないが、流石に500年も経っていて500年前と殆ど変わらないのはおかしい』


 文明は意外とふとしたことで発展したり滅んでしまったりするものだと、過去が証明している。

 そして500年と言えば、人間にとっては物凄く長い時間であり、その間に少しも発展しないなんて明らかにおかしいのだ。


 まぁ考えられることなど1つしかないが。


『———これも主神達の仕業か』

「あたり〜、さすがご主人様ね———ってどうしたの? そんなにほっぺた膨らませて」


 主の俺を完全に舐め腐っているリリスが、まるで俺を赤ちゃんの様にあつか———そう言えば赤ちゃんだったな。 

 と言うかそもそもリリスからすれば、俺は昔も今も赤ちゃん同然か。


『いや、何でもない。それで、神々はどんな事をしているんだ?』


 俺はこの世界についてあまりにも無知すぎる。

 いい加減どんな世界になっているのか、大まかにでも知っておきたい。


 俺がそんな意図を込めて訊くと、リリスはこれ見よがしに顔を嫌悪に歪めた。


「……ご主人様が考えていた通り、全人類を奴隷化したわ。一部を除いてね」

『…………やはりそうか……』


 アイツら本当にやりやがったんだな。

 どうやら本気で自分達で全人類を管理する気でいるらしい。


「それと、どうやらご主人様が産まれた此処は光の女神の数ある使徒の中の1人らしいわよ。あのブスで性悪女の匂いがぷんぷんするわ」


 鼻を摘んで『うえぇっ』とえずくリリスの言葉を聞いて、身体の芯から怒りが沸々と沸いてきた。

 

 奴は俺の仲間を誑かして裏切らせた張本人であり、俺を直接手に掛けた奴。

 意地汚くて、光のくせに闇よりもドス黒い性悪女。


 ———俺が1番許せない神だ。



「———ばぶばぶばーばーばぶ(———首を洗って待ってろよ……クソ女)」



 俺は憎悪の瞳で、あの性悪女が居るであろう天を鋭く睨んだ。

 

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