〈思い出③〉
母が他界して、1年も経っていない頃、家が火事に遭った。
原因は放火魔の気まぐれで、深夜の事。
ただ、偶然目を覚ましていた父がいち早く気づいたおかげで、父と自分と、それに母の遺影と遺骨だけは無事だった。
立て直しはせずに引っ越し、住所を変えた先は少し駅に近づいたアパートの一室2DK。
学区は変わらないし二人暮らしなら十分の広さで周辺の治安も悪くない。そこに決めた理由は全て、俺を優先にした考えだった。
けれどその優しさの端々には無理が見え隠れしていて。いつも笑っている父も、母がいなくなってからは自室に一人で籠る時間が増えていた。
だから俺はこの時からより強く、父のためになりたいと思うようになったのだ。
家事は自分でこなせるよう頑張って、小学生ながら勉学に勤しんだ。
けれど要領が良くないものだから努力以上に時間が必要で。そうしていると段々と友達と遊ぶのも煩わしくなり。高学年になる頃にはもう、話しかけてくれる同級生はほとんどいなくなっていた。
唯一だったのが、美桜だ。
家が隣同士という関係は終わり、俺の方からもなんとなく距離を取っていたのだけれど、彼女はつかず離れずで俺を気にかけてくれていた。
とはいえ当時の俺にはその優しさが分からなくて。いつまで経っても周りから消えてくれない彼女に酷い事を言ってしまう。
それは、同級生の皆が帰った教室での事。
一人で勉強をしていた俺の机に近寄って、美桜が尋ねてくる。
「ねえ、頑張りすぎじゃない?」
「………」
「たまには遊ぼうよ」
それは心配からの誘いだったのに、俺は彼女の欲求に巻き込まれようとしているのだと勘違いした。
「そんな時間ないから」
「でも、ストレスためたら勉強もはかどらない、ってお母さん言ってたし、息抜きはした方がいいんだよ?」
突き放しても美桜は変わらない口調で返してくる。その、まるでこちらの気持ちを理解してくれないような表情が、俺は気に食わなくて。
そして、俺が失ってしまったものを当たり前のように口に出すから、爆発してしまったのだ。
「……美桜のお母さんだって、いなくなってみろよ」
最低な言葉。
それを理解しながらも、自分の方が正しいと思って訂正はしかった。
でも、反応が返ってこないものだから思わず彼女の顔を見て。
その直後、拳が迫った。
小学生では男女の体格差はまだあまりなくて。パンチは見事に鼻っ面を捉え、後頭部を床に打った俺はノックアウトした。
意識を失っていたのは結構長い時間だったらしい。
窓の外が薄暗くなってから目を覚ますと、隣では美桜も並んで寝転がっていた。
肩が触れ、視界に大きく映る顔。俺が起きた事に気づいた彼女は、「ゆっくり休めたでしょ」と言って、まるで何事もなかったかのように笑いかけてくる。
ただ、その目の端は若干赤くなっていて、俺はようやく反省をした。
「……ごめん」
「何のこと?」
小さく謝ると美桜はわざとらしく首を傾げてまた笑う。だから俺も、それ以上は何も言わずに彼女との時間を受け入れた。
この時に俺は、本当に救われたのだと思う。
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