〈思い出②〉

 ある日、母親が布団の中から起きてこなかった。

 どれだけ声をかけても体を揺すっても、何も反応してくれなくて。その時にはもう心臓が止まっていたらしく、救急車がやって来たところで尽くせる手はなかった。

 俺が、小学校に上がってすぐの頃だ。


「んぐっ、ひぅっ、うぅう……っ」

 父から事実を伝えられて、俺はずっと泣いていた。

 母が死んだという実感はなかったけれど、もう会う事は叶わないと告げられ、納得出来ないとばかりに声を上げた。

 とても悲しくて一晩中泣き続け。疲れて眠って。起きてからもまた、涙を零していた。

 通夜には多くの人がやって来ていて、そのほとんどを知らない俺は、集団の端っこから仏壇の上で笑う小さな母を眺めている。

 その写真はいつに撮った物だったのだろうか。自分は知らなかったが、その笑顔はよく知っている屈託のないものだった。

 ただしそれが、見つめる自分に向く事はもうなくて。

 また、悲しくなる。

 父は俺の知らない人達に挨拶へ回っていたから、残された俺は一人で膝を抱えていた。

「………」

 不意に、隣から温もりを感じる。

 涙が途切れてから少しだけ顔を上げると、美桜が俺の隣に座っていた。肩に寄りかかりながら俺を見つめている。

 目が合うと、彼女もその瞳に涙を溜めていると分かって。そして彼女は俺の瞳を見つければ、優しく頭を撫でてきた。

「………」

「………」

 お互いに、何も言わない。まだ幼くて、どうすればいいかも分からなかったから。

 美桜もその時なぜそうしたのかは分からなかったらしい。ただそうするべきだと、まるで母がしてくれたように俺の頭を撫でてくれた。

 だから俺は、甘えてもっと泣いたのだ。


 後で思い返してみればすごく気恥しい記憶だけれど、美桜のおかげで辛いばかりではなくなった。

 最初の理由は、その感謝なのかもしれない。

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