幼馴染みはサイコバニー

灰崎千尋

サイコバニー

「あんた、また女の子泣かしたんだって?」

 私が尋ねると、鏡を覗き込んでいた顔が慌ててこちらを振り返った。

「またも何も、違うんだって!なんでかわかんないけど気づいたら泣いてたの!」

「そういうところだぞ、サイコバニー」

 パープルのおかっぱウィッグにブラシをかけながら、私は大げさに溜め息をついた。

「おっかしいなぁ」

 なんて言いながら首を傾げる仕草が可愛いなぁこの野郎。


 幼馴染みの男子高校生が突然、「メイク用品と可愛い服貸して」と頼みに来たのが一年ほど前。文化祭でも何でもない時期だったから内心めちゃくちゃ動揺したけれど、「どんなあんたも受け入れるからね」ってなるべく顔に出さないよう返した。でもあいつはただ女装をしてみたいだけだった。「だってやったことないからさ」と、そいつはへらへら笑っていた。

 初めての女装は、なんていうか微妙な仕上がりだった。男子にしては細身で小柄なのでいけるんでは、と二人して期待したけれど、思いのほか骨格ががっちりとしていて、私が持っているシンプルな服では男を隠しきれなかった。予め毛をきれいに処理してきたという脚は、おそらく、たぶん、私よりも細いのに、筋張った筋肉や膝の形が男子だった。その一方で顔のメイクは結構上手くいった。化粧映えする顔らしい。人にメイクするなんて私も初めてだったけれど、なかなか楽しかったりして。

 その一回きりかと思いきや、幼馴染みは度々私の家へやってきて、“男の娘”を極め始めた。流石に親のいる家ではできなかったのと、私を協力者として巻き込むのと、両方の理由からだろう。あいつはそうやって、するりと人の懐に入り込むところがある。インターネットで研究し、ドラッグストアやパルコへ一緒に買い物へ行き、私の部屋でいそいそと実践した。私の部屋なのに、あいつが着替える時は私が出ていかなきゃいけないのも仕方ない。

 そうするうちに、あれよあれよと技術は高まって、その成果を街なかで披露するようになって、ついには自撮り棒を持って配信するようになったのが最近のこと。

 脚を見せながらも適度に覆うニーハイ、ピンクのオーバーサイズのパーカーでゆるっと肩を隠して萌え袖、パープルの髪は頬骨を隠すボブヘアー、そこにウサ耳カチューシャを着けて頬にハートマークを描くのは完全にあいつの趣味。

 誰が呼んだか、バニー姫。

 チャンネル登録者数はじわじわと増えていて、けれど飽きたらあっさり辞めるんだろうなぁというのも、私にはわかっている。


 クラスに一人はいるお調子者、生徒会活動なんかもしているあいつは、まぁまぁの人気者だ。物好きな女子に告白されることもしばしば。


「それで、今度は何て言ってフッたのよ」

「やー、そもそもさ、付き合うのにも試用期間ってあるべきじゃない?」

「あんた何言ってんの」

「僕はねぇ、僕で良いならわりと誰とでも付き合ってみたいわけ。恋人になってから知る一面って人それぞれだし絶対面白いじゃん。それを知る機会があるなら掴んじゃうっていうか」

「……一旦最後まで聞こうか」

「いやまぁもうそんな続き無いんだけど。だいたいバイトとかの試用期間って三ヶ月じゃん。で、そろそろ三ヶ月経って、まぁまぁ相手のことわかっちゃったなぁと思って」

「飽きたんだ」

「……ははは」

「あんた、いつか刺されるよ」


 私が白い目で睨んでやると、あっけらかんとした顔でこう返された。


「んー、一回くらいなら刺されても良いかも、死なない程度なら」

「おいおい」


 驚いた私は、目の前の両肩を掴んで揺さぶった。


「何でそこまで生き急いでんの、あんたは」

「えー、だってさぁ、人生って残機ゼロじゃん。楽しみきらないと損だもん」


 可愛い顔がそんなことを言う。こいつは本当に、全く、もう。


「そういうところだぞ、サイコバニー」

「ええー今のところサイコバニーって呼ぶの一人だけなんだけど」

「サイコもバニーも知ってるのが私だけだからでしょ」


 ふん、と鼻を鳴らして、きれいに整えたウィッグを渡す。ありがと、と言ってニコッと微笑む顔はメイクもバッチリで、完璧に女の子。私が敗北感を覚えるほどに。

 鏡を見ながらウィッグを被って、ウサ耳をつけたら、準備完了だ。


「ねぇ、いつものやってよ」

「はいはい」


 それは小さなおまじない。ただの気休め。初めてこの格好で外へ出るとき、珍しくあいつが物怖じしたからついやってしまったやつ。

 互いのおでこをトン、とくっつけて、私は言う。


「大丈夫。あんたは世界一可愛いお姫さまだよ」


 さぁ、あんたはもうどこへだって行ける。

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