第五章 英雄(2)

 やはり気が合うと白雪は再認識。ユーフィリアの眠たげな目が憤怒と憎悪を宿す。殺到する十五の人形。残る五は護衛。燃え上がる殺意は冷徹にて冷静にて手堅い。懐からありったけのハンドグレネードを投射する。知らずとも爆発するものと当たりはつけているのだろうユーフィリアの人形たちは構わず突き進み爆散し六体が生存。突貫する。


 しかしただの一体とて白雪に届かず撃ち砕かれた。


 力無く地に落ちて行く六の魂。彼らの胸を抜いたのは六の炸裂音。


 突き出された、白雪の右手の先。


 黒色の、自動拳銃。


「割と、虎の子なんだけど」


 立て続けに叩き込まれる銃弾を人形にて防御しつつユーフィリアは思案する。構想としては知っている実用化されなかったはずだ。試作段階で魔術に淘汰された。当時運用されていたのはライフルと拳銃はリボルバーがいいところ。こんな速射性はいずれもない。


 右手一本でマガジンを落としリロードする間に、持ち上がる左手のもう一挺が弾丸を吐き出す。弾道は正確無比。攻撃の人形も立ち上がる傍から落とされる。防御に専念すれば埒が明かないが明かせたのだ。どうせ隠し札はあると思っていた。切らせた今が好機。


 廃墟の陰からさらに十体の人形が立ち上がる。総数にして三十。これ以上は無い全力も全力の総戦力。ありったけの霊力を叩きつけた爆破が白雪を包囲し、そこでユーフィリアは一つだけ気が付いた。そういえば、一つだけ失念していた。


 拳銃とは、それも片手撃ちが。


 こんなに『当たる』ものだっただろうか。


「霊術起動、『誓願ゲイザー』」


 白雪へ突っ走る爆破が全て逆流し人形たちを飲み込んだ。


 視線を険しくするユーフィリアに構わず、白雪はボロボロになった白手袋を脱ぎ捨てる。傷だらけの両手。大小様々に痛々しい跡が走る手の平より、さらに目を奪われる。


 右手首に、獣の牙を突き立てたような、抉り傷。


「とどのつまり、怖かったのよ私。あの地獄の底で、何も覚えてなくて。工房師だったはずの自分が魔力を得て。嬉しかったけど、バケモノと呼ばれてハッとした。

 その悪意に飲まれてしまえば、私もまた、魔獣になってしまうんじゃないかって」


 何も知らなかったからこそ、人で居られた。


 何も知らなかったがゆえに、願ってしまった。


「『誰もが幸せでいられる世界』。縋っただけだったの。この願いさえ持ち続けているなら、私は人で居られる。自分はバケモノじゃないって、証明できる」


 それだけのこと。結局は、自分を救いたかっただけの、誰かを救う願い。


 それでも。


「そんな私の下らない願いを、向日葵は、代わりに叶えようとしてる」


 叶わないと知っていて。叶える価値など無いと分かっていて。


 それでもただ、白雪を救うためだけに。


「私はアイツに、全部奪われた。壊された。でもね、それだけじゃないのよ」


 愛おしむように、腕の傷を撫でて。


 口づけるように、頬へ寄せる。


「救ってくれた。与えてくれた。私から奪った分、自分を削り落として」


 死にゆく身体に、生きる力を。


 砕けた心に、明日を求める、当たり前の願いを。


「アイツは馬鹿だから、気付いてないみたいだけどね」


 継承は、三つの願いから成っていた。


 複製と捕喰。そして、譲渡。


 全てはウロボロスから始まった、けれど全て、向日葵の願い。喰うのは嫌いだし他人に背負わせるのも嫌いだから、自分を失わせて、複製ばかりしている半端な願い。


 けれども、白雪は確かに、向日葵の願いを、受け取っている。


 自分の全てを賭しても、愛する一人を救いたいという、悲しい願いを。


「私が望むのは、向日葵が幸せでいられる未来だけ」


 誓願と、白雪はそれに名前を付けた。


 予知めいた演算など、副産物に過ぎない。


 戦うものですらない、ただ未来を望むだけの力で。


「そのためにあなたは邪魔なのよ。だから、殺すわ」


 白雪の髪留めが切れ、風雪に乗って広がる。


 白と黒の世界に、唯一の青を差す。


 霊力が、暴れ狂う。


 白雪とユーフィリア。誓願と揺籠。本来在るべくもない殺戮が展開する。


 ユーフィリアは己が霊術のみにありったけを込めた。三十の魂たちはただ友の願いを正しく受け取り思い思い個性豊かに殺到する。白雪はその全てを読み切り対応した。手にするはナマクラ鉛弾と少々の小細工。短剣にて斬り裂き拳銃にて撃ち落とし合間合間にグレネードを放り込む。斬撃、銃撃、爆撃。いずれも正確無比に人形を砕いて砕き切れない。次から次へと立ち上がり襲い来る十と十と十の三段構えは単純極まり呆れるほどに有効。英雄同士の戦争を生き抜き、自ら蓄積した叩き上げの戦闘技術。


「「――ああ」」


 咆える。拮抗する。するだけ大したものと白雪は己を褒める気も起きない。目的は敵の絶殺のみ。ただ一点を同じくしてユーフィリアとはどこまでも心は重なり合いゆえに死闘は繰り広げられる。内なる命を魔力に変え、誰かを救いたい願いに乗せて殺し合う。不毛の極みに他ならぬ愚かしさは、ゆえに何よりも美しく輝く。


 だから、気付かなかった。


「術式起動!」


 ゆえに、気付けなかった。ユーフィリアは、白雪の専心は己一人へ向けられていると信じ切っていた。否、間違いなく向けられていた。突如響いた少年の声、足元に浮かび上がる爆破術式、ありったけを叩き込んだ魔力反応。全てこれを隠すための囮に過ぎない。自爆攻撃は、人形おのれの専売特許だと思い込んでいた。


 光が走る。


 地面が砕けて大気が弾ける。


 吹き荒ぶ破壊と衝撃。飛び出した人影は一つだけ。身を挺して庇う人形たちが解けて消え、背中から地へ叩きつけられたユーフィリア。息はある。力はなく、もう立てまい。


 見届けた白雪は爆心地に立っていた。息荒く汗と血と土埃に塗れ、傷だらけ満身創痍の体ながらも。半径三十メートルを吹き飛ばしたクレーターの中央、直径一メートルのみ残された安全地帯で、長く、長い息を吐き出した。


 視界の端、廃墟の陰で、ルーカスが手に『50MCAL』を持ったまま気絶して倒れ伏している。苦笑をこぼす。白雪の指示通り、手書きの術式を刻み切った、小さな英雄へ。無力なれど無能ではない、どこかの誰かのような生き様を、思い。


「私があの地獄で、誰しもの幸福なんて願って。救えたのがあなただけっていうなら」


 空を仰ぐ。崩れゆく天に、走る無数の光。


 背後にそびえる、神なる柱を、見つめ。


「あなただけが。あの時。私の願いを叶えられる、唯一の希望だったのかしら」


 そんな、どこまでも下らない。


 小さな『約束エンゲージ』を、思い出し。


 冗談めいて、笑みをこぼして。


「――ねえ、向日葵」


 膝から力を失い、崩れ落ちた。











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