第四章 神域(3)
神域外周の廃墟に、静寂が吹き抜ける。嵐に食い散らかされたような爪痕ばかりが残る戦場跡に、突如、響いたのはルーカスの叫びだ。
「あああああああッ!? く、首輪! ばく、爆発――ッ!?」
「落ち着きなさい。対象者が死んだら自動解除よソレ」
「あっそうでした安心! もう安心ですよ僕!」
「コイツ、マジでこの短期間に磨き上げてきたな……」
元より素養はあったのだろうがこの成長性。来週くらいには単独で英雄クラスの撃破もできるのではないかと感心する向日葵たちを、まとめて衝撃が襲った。
地震。縦に一メートルは跳ねたと思われる揺れ。立つこともできず地に伏せれば頭の上に異音が突っ走った。ガラスを砕き割るような亀裂が、ある一点から空へ広がり覆い尽くす。確認するまでもなく神域を発生源とするソレの中心で、アメノミハシラが、崩れる。否、伸びている。――否。もはやどちらともつかなかった。根元はさらに太く光の奔流が天へ昇ろうとし、その中途で外側から剥がれ落ち降り注ぐ。
白雪が展開したディスプレイが全て弾け飛んだ。
向日葵の視界からあらゆる表示が消え、胸元でWODが弾けた。
「崩天、霊災」
うわごとのように呟くルーカスの背後、遠く共和国の首都からあらゆる光が失われていく。空の亀裂はなおも広がり、世界へ枝葉のように伸びていく。合間を走る光は雷光の如く、気ままに地上を照らし出す。黒い雲が覆い、白い雪が降り注ぐ。
「いや、違う」
揺れが収まり立ち上がり、確信を持った向日葵の言葉に、白雪が続く。
「物理的な爆発の前に魔術が逝ったわ。あの二人、何かおっぱじめたわね」
「まあ、そういうことだねえ!」
降ってきた声に三人が顔を上げる。
アマリリスだ。郵便屋だろうか、有翼種の少女に背負われて、地上へと降り立つ。
「止められなかったか」
「ハメられた」
「ふっふーん。チョロくないでしょ、あの二人」
「なーんで得意気なのよー……」
それはさておきと、アマリリスは三人を見やる。
「首都全域の魔術機能がお釈迦になった。多分世界規模だねコレ」
向日葵たちの手元も同じだ。虎の子の戦闘魔術系は全て停止、向日葵はWOD自体を破損している。ルーカスが撫でる短剣魔装も、同じだろう。
戦力のほとんどを、戦う前から奪われた。
それでも。
「君ら、行ける?」
「当たり前だ」
即答。アマリリスは意味深に笑みを深め、背後の少女を手の平で指す。
「では、君らには共和国が有する最高速便を提供しよう」
箒を抱えた有翼種の少女である。黄色いショートヘアに丸々とした黒目。小柄な体躯ゆえ、腰から伸びた翼がやけに大きく見える。髪と同じく黄色で、所々に赤や緑が混ざっている。セキセイインコのような色合いだ。薄い赤色で露出の多い踊り子のような衣装を、多くの黒いベルトで細かく締めている。空気抵抗を減らすためだろうが、元々そんなに抵抗がある体つきにも、向日葵の失礼極まる視線を白雪が引っ叩いて黙らせた。
「郵便屋所属、アリアネル・アルバトロスっす! 共和国担当で専属契約させていただいております! 以後よろしくお願いしまっす!」
敬礼するのはまたテンションの違う娘である。イマドキっぽいが堂々としていて物怖じしない。負けてはいられないと要らん対抗心を発揮した馬鹿が渾身の、
「って、ああーっ!? 領空侵犯の赤いのと青いのじゃないっすか!?」
自己紹介キメポーズを披露する前に、アリアネルに指差されて止まった。はてと首を傾げて思い出した。首都へ来る直前に、空を飛んでいた有翼種である。
「共和国は弱小でねえ。郵便屋は一人としか契約させてくれないのよー」
アマリリスの補足に、アリアネルは心底お冠と両腕を組んで、
「そうっす! 逃げられて悔しかったから通報してやったっすよ!」
「「「あの偏向通報お前かよ!」」」
被害者三人が揃って叫ぶがアリアネルはどこ吹く風。そっぽ向いて口笛など吹いている。ふむ、さすが郵便屋なかなかやりおると、感心していればアマリリスが手を叩いた。
「ハイハイ無駄話はそこまで。アリアネル、いっちょ頼める?」
「神域まで英雄の速達っすね! 共和国だと縁無いからちょっと憧れてたっす!」
「「「こんなのしか居ねえのか、こんなのじゃないと生き残らないのか……」」」
他人事に呆れる三人を、構わずアリアネルはまとめて抱きかかえた。
「え、ちょっと待って? このまま? 空?」
「いやあ、魔装も無しに空飛ぶなんて久しぶりっすね! しかもこんな荒れに荒れた危険度マックスの空、アタシゾクゾクしちゃうっす! んじゃ行くっすよ」
「やっべコイツ変態系の航空師、オイやめ、いやあああああああ――ッ!」
「向日葵諦めなさい。ほら、抱き着いてていいから」
「わー僕生身で空飛ぶなんて初めてー楽しみー」
「いってらっさーい」
向日葵の悲鳴が溶けていく空を、小さな翼が突き抜けていく。
自身の三倍以上の荷物を抱えながら速度は一切の容赦なく、一直線に駆け昇る。光走る亀裂に手を伸ばせば届くほどの高度へ刹那、吹き荒れる風雪も臆することなく貫く。
「向日葵」
「分かってる」
白雪の問いかけに、向日葵は頷いた。
「俺は中、白雪は外だ。退路の確保、頼む」
「分かってるわよ。そっちじゃ、なくて」
隣、首を傾げる向日葵に、白雪は息を吐く。無言で自分の髪に手をやり、一房を摘まんで、無理矢理に引き千切った。向日葵の目が見開かれる。構わず、己の唇に押し当て。
「はい」
呆ける向日葵の口に、押し込んだ。
「むご、むごご」
「いいから。噛んで。飲む」
「ふぁい」
白雪の指に歯を這わせてこそぎ取り、モリモリと、ヤギのように青い髪を咀嚼する。細かく刻んで、唾液に混ぜて飲み込む。ケホン、一度咳き込み、顔を上げれば、どこか、寂しそうに笑う白雪が居る。
「白雪。結婚しよう」
「嫌だけど」
「うん知ってた……」
瞬の撃沈にルーカスが凄い顔をしている。アリアネルの翼が精彩を欠きガクンと五メートルほど一気に落下した。変な咳も出ている。体調不良だろうか。心配である。
「ねえ、白雪、ぶっちゃけ他にアテ無いだろ?」
「積極的に消去法なのかこの兄は……。愛してるけど伴侶には無理、って分かる?」
「すっげえ分かるわーソレ」
まあ存じていた結果だと、改めて白雪を見れば顔を赤らめてそっぽを向いている。何、この顔が見たかっただけなのだ。何より愛する者の、何より愛しい表情。
何があろうと、覚えていられるように。
この魂に、刻み付ける。
「無事に帰ってきてから、もう一度言いなさい。
もう一度、フってあげるわ」
「斬新なフラグの折り方だな……」
わざわざ二度も折ってくれたのだ。きっと帰ってこれるだろうと、眼下に展開する何の間違いもなく地獄を見据える。アリアネルの腕が、そっと向日葵を手放し。
「それじゃあ行ってくる。愛してるぞ、白雪」
「はいはい。愛してるわ、向日葵」
背中から落ちながら告げ、姿勢を制御し身体を回す。魔術は死んでいるので単純な体捌きにて。空を受け、天の獄から地の獄へ、反転する。眼前に迫り来るは、現世と幽世を隔てる極厚の境界線。触れてしまえば、正しく確実に向こう側へ導かれるだろう。
だがこの手には、まだ、握り締める未練がある。
「霊術起動、『継承』」
魔術の潰えた世界に在りて、霊力は願いのまま荒れ狂い。
世界の壁を、ただ一振りの剣にてこじ開けた。
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