第四章 神域(2)
両手に二本、紅蓮を走らせ最強と最強が合わされば最強に他ならない子供理論にて剣をひたすらに叩きつける。弥生は拳を脚を愚直に振るい黒にて赤を弾き飛ばし続ける。向日葵は答えなど期待せずに叫んだ。
「お前は、どうなんだ」
「同じだ」
同時に叩き込む二刀を弥生は腕を交差させ受ける。互いに息がかかるほどの至近鍔迫り合いにて、言葉は世界へ響かせんと叫ばれる。
「何もなかった。何もできなかった。工房師が魔術師を救うなんて身の程知らずも良い所だった。それでも、誰もを救おうとする、たった一人が幸せでいてくれりゃ良かった」
左脚の蹴り抜きを競り合う両腕と共に切り払い向日葵は背後へ飛ぶ。弥生が叫ぶのは、どこまでも、どこまでも、どこかで聞いたような、あまりにも下らない綺麗事。あの地獄の底で、たった一人、自分に手を差し伸べてくれた、少女のこと。
「結局、自分が救われたいだけの願いだ。誰かの幸福を望む自分は、救われるべきだと。救われなければならないと、叫んでいただけ。あのクズ共と、何も変わらない』
弥生の身体に影が纏わりつく。膨れ上がり、巨大な黒の獣が立ち上がる。
揺らめく影の体毛、深紅の瞳が、向日葵を射抜く。
『そんな下らない願いでも――誰かを救おうとしたのは、本当だろうが』
望まぬ力を、望まぬ世界を、得ることしかできなかった工房師は。
『京香の願いは俺が守る。京香が、世界の終わりを望むなら』
今でも、彼女を救おうと、叫ぶ。
『何もかも壊れて、なくなっちまえ』
全て消し去ると、泣き叫ぶ。
「そうか」
全身から影を爆発させ、地面をハツり向日葵へ突き進み、
「なら、殺すしかねえよな」
全てを、斬り落とされた。
獣、弥生が目を見開く先、根を断たれた影が力無く萎れ大気に解けていく。直後に踏み込む向日葵へ迎撃の尻尾を叩き込みこれも斬り落とされる。ならばと振り抜く左腕は受け止められ振り下ろす右腕も同様。膠着する。
「理解もするし同情もするぞ。だから絶対に認められない」
巨躯の全体重をかけたプレスが押し返される。両腕の内に刃が食い込み始める。影は一層深く渦巻いて飲み込まんとするが剣はそれ以上に紅蓮を走らせ、遂に手元から肩口までを割り裂いた。獣の両腕が斬り飛ばされ宙に消える。どうせかすり傷にもならないのだろう忌々しいと、向日葵は大口開けて食らいつく喉奥へと剣ごと右腕を突き込んだ。
『お前――』
「ああ、いてえな畜生」
獣の目が驚愕に見開かれ向日葵もまた心底不思議だった。壊れてもどうせ直るのだからとことんまでに壊すべきだったと力を込めれば、脳の中で何かがめちゃくちゃに割り砕かれ全身から異音と血液が噴出する。皮が裂け肉が千切れ骨が砕ける音であった。
「お前らの願いが世界を滅ぼすことなら、俺の願いは救うことだ」
剣を手放し獣の口から腕を引き抜けば虫食いに消し飛んだ身体が赤の光で埋め合わされる。秒と待たず再生した。ゆえに噛みつく牙も叩きつけられる手足も振り抜かれる尻尾も毛ほども意に介さず剣を振るい身体を壊し直しながら斬り進む。獣の身体を徹底的に削り落とすべく究極の剣を大盤振る舞いに生成しまくる。一刀一斬ナマクラのように使い捨てる。突き立てる。埒が明かないと途中で気付き右手から剣を手放し、左の剣で獣の顎をカチ上げ胸のど真ん中に右腕を肩まで突っ込んだ。
「そう決めた。そう誓った。ならお前らは、俺にとってただ邪魔なだけだ」
確かな手応え、弥生の胸倉を掴んで引っこ抜くと同時に頭突きを叩き込まれた。互いに額が割れ頭蓋が砕ける。霊体には大した傷にもなるまいお互い様。右拳を弥生の顔面へ叩き込めば迷わず左拳が返ってくる。身体を削られるのは常に向日葵で微塵も怯まないのはやはり向日葵だった。長剣などクソの役にも立たない零距離にて殴る蹴るの純粋な暴力を嵐に変えて叩き込み合う。互いにガードは捨てている。一刻も早く目の前のクソ野郎を壊し切るべく自壊も厭わない殴打を贈り合う。遠慮が無さ過ぎていっそ清々しい。
「向日葵!」
「弥生さん!」
互いに名を呼ばれたのが決定打だった。このただ一点において向日葵に勝るものは居なかった。一歩踏み込んだ地面から無数の剣聖を突き出し弥生を貫く。苦悶の表情は本音か形ばかりか存ぜぬしもはや興味もなくありったけの力を込めた右腕で顔面を殴り抜いた。斜め上からのフックはまず弥生の細身を地面へ頭から叩きつけ、二度のバウンドを経て沈めた。うずくまる弥生を、向日葵は見下ろす。
「邪魔なら、相容れないなら、殺すしかない。普通だよな」
右手に剣聖を生み出す。
「でも、俺な。割とお前らのこと、好きなんだよ」
告るようにこぼして。
だから、と言葉を続け、
「大丈夫だ。俺が、助けてやる」
地に這いつくばる黒の獣に、振り下ろされる剣は。
割り込んだ、白い少女を、斬り裂いた。
よく知った音だった。肉と骨を容赦なく断ち割る音。人の命が引き裂かれる音。力を失った身体が地に沈む音。何度も聞いた、聞き飽きたはずの音が、もはや肉体さえ持たない、霊力の塊から発せられたことを場違いに不思議に思った。
「凄いな、弥生さん。ナメたこと言えば、本気で殺しに来るって。その通り」
左肩から右脇腹まで、辛うじて両断されない程度に割られた京香は、傷口をただ光に揺らめかせて、笑っていた。弥生もまた、伏せる口の端を僅かに吊り上げている。
「お前ら」
「私たちの身体、まだあの中にあるんです」
問いよりも早く、答えが返る。
「アメノミハシラの核として、利用させてもらってます。戻るには、死ななきゃいけないんですけど。こんな身体、殺せる人なんて、どこにもいなくて」
浮かべる笑顔は、あまりにも穏やかで。
「さようなら。偽物の英雄さん」
贈られる言葉は、あまりにも優しくて。
「いつか、どこか。なんてことのない、退屈な世界で」
世界の滅びなど、微塵も願っていないような。
「大切な人と、お幸せに」
ささいな祝福を祈って、消えた。
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