第四章 神域(1)

 鬱蒼とした巨大樹の森を破砕しながら、京香と弥生は進んでいた。


 京香は身に纏う光にて焼き落とし。弥生は影にて抉り抜き。互いに寄り掛かり伸び上がる巨木を、真昼の陽光さえも完全に遮る枝葉を、絶えず響き渡るセミの鳴き声を、足元を覆い尽くすクソの茂みを、全て薙ぎ払いながら一直線に、突き進む。


 視界が開けた。大陸東端、神域の外周に残る工房の廃墟。


 遠く、白と黒の荒野と、天地を貫く光の柱を望むそこへ、足を踏み入れ。


「よう」


 馬鹿が三人ほど、待っていた。


 京香は特に驚くこともなく、苦笑を浮かべる。


「向日葵さんとルークさんはともかく、白雪さんは相当飲ませたと思ったんですけど」

「お互い、極度の甘ゲロ中毒者で助かったな」


 軽口を叩く京香と、馬鹿で女装の向日葵の間に、弥生が割り込む。


「通らせてもらうぞ」

「やっぱ、交渉の余地なんかねえよな」


 弥生の背後、表情を険しくする京香へ、白雪は声を投げる。


「まあ、ちょっとくらい話聞きなさいな」


 怪訝な顔の京香を尻目に、懐から取り出したのは、黒いチョーカー。


 条件付きで大爆発を起こすソレを、ルーカスの首に、巻いた。


「京香が触れても、離れても、魔術霊術で干渉しようとも爆発するわ」


 さあ。


「ルークの命が惜しければ、大人しく投降しなさい」

「「「えええええええええええええええ――ッ!?」」」


 向日葵と白雪以外の絶叫が轟く。ルーカスが叫ぶ。


「ちょっと何して、いやさすがに冗談、本当に起動してますよコレ!?」

「馬鹿じゃないですか!? 馬鹿じゃないですか!? 馬鹿じゃないですか!?」

「ふざけんじゃねえぞこのクソ外道が!? それが人のやることか!?」

「白雪。コレなんか、悪役になったみたいで楽しいな」

「紛うことなく吐き気を催す邪悪なんだけど、鏡要る?」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐ三人を尻目に向日葵は前髪など整え、白雪は甘ゲロをポイポイと飲み干していく。繰り広げられる地獄絵図に時間という神が以下略。


 呼吸を落ち着けた京香が、ふうう、と長く息を吐き。


「でも、ごめんなさい。無駄です、ソレ」


 くすりと、京香は小さく笑みをこぼす。


「理由くらいは、聞かせてもらえるかしら」


 白雪の問いに、京香が向けたのは、無表情。


 暗く澱んで、濁り切った蒼の瞳。


「決まってるじゃないですか」


 ゆっくりと、手を広げ。


 この場に広がる廃墟を、見せつけるように。


「世界を壊すんですよ」


 ただ一言。


 誤解のしようもない理由を、言い放った。


「一度目は失敗しました。でも二度はありません。今度は確実に、一切の禍根なく、全てを消し飛ばして終わりにします。だからごめんなさい。ルークさんは人質になりません」

「工房師を救いたいって言ったのは?」

「救う価値なんか無いでしょうあんなケダモノ共」


 吐き捨てる。否、それだけではない。


「汚らしい魔獣。悪意に溺れた魔術師に工房師。纏わりついて気持ちの悪い霊力霊圧霊術霊災何もかも。うんざりなんですよ。一秒でも早く、消えてなくなればいい」


 だから。


「お願いします。弥生さん」

「ああ」


 弥生は一歩、前に出る。


 向日葵も一歩、踏んで応じる。


「残念だ」

「そうか」


 それだけだった。


「霊術起動、『継承』」

「霊術起動、『破天カタストロフ』」


 行った。


 刹那に距離を殺し突き込まれる影纏う左拳。触れればどうなるか委細承知。向日葵は手にする紅蓮の剣にて受け止めず弾く。続く右拳も同様。二度影に触れ剣は刃こぼれしたように見えるが心配など無用。折れぬ剣は、偽物なれどただ己が信念を全うする。


「邪魔なんですよ皆、皆何もかも邪魔」


 弥生の脚払いを跳躍し、続く蹴り上げを中空で受ける。数歩分を後退した向日葵の頭上に踵が叩きつけられる。受け止めた剣がひび割れた。


「笑顔で嘘を吐く、笑顔で人を傷付ける、笑顔で笑って踏みにじる。正しいのは自分。悪いのは他人。誰も彼もそればかり。自分は悪くないと身勝手に叫び続ける」


 京香の声が響く頭が割れる。歯を食い縛って耐える。身体は動くならば止まる道理など無いと振り抜かれる弥生の左回し蹴りを弾いて逸らす。弥生はそれすらも見越していた。受け流された勢いをそのままに続く右の踵が向日葵の腰を砕く寸前に剣が割り込む。


「もう嫌だ。壊したい壊したい終わらせたい。何もかも全部全部まとめて壊れて無くなってしまえ。魔術師も工房師も人も獣も英雄も皆皆全部一つ残らず」


 地獄を見た。地獄を見ていた。差し伸べた手は何一つ救えず、振り払われ叩き落され傷ついていく。誰もが幸福である願いなど誰一人望まず、不幸であることが己の正しさを証明するただ一つの術だとばかりに怒り泣き叫ぶ。怨嗟は際限なく充満する。


「私には、それができるんだから」


 誰か一人として、救う価値などあっただろうか。


魔術師バケモノめ』『工房師ケダモノめ』『魔術師め』『工房師め』


 その全てを壊したいと、あの地獄の底で泣き叫んだ、少女の願いに。


「それでいいんだって、知れたから」


 剣が折れても、心は折れなかった。


「『剣聖』ッ!」











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