第三章 共和国(14)

「「「だーっはっはっはっはははははははははは!」」」


 地獄絵図だった。


「いやあ白雪も京香もイケるクチだねえ!? お姉さんじゃんじゃん奢っちゃうよお!」

「そりゃ毎日事ある毎に甘ゲロ飲んで、あ! コーヒーで割りましょコーヒー!」

「ダメですよ白雪さん! 甘ゲロはちゃんと水で割らなきゃあ!」

「ああ、ありがと京香、ってなんでその水一升瓶に入ってんの?」

「そりゃあもちろん、お米からしっかり作ったお水で……コレ清酒じゃないですか!」

「いや君しっかりラベル見てから注いだじゃん! あははははははは!」


 お互いにしなだれかかって、騒ぐ白雪と京香とアマリリス。


 散乱する甘ゲロと酒瓶、つまみにコーヒーエナドリ他諸々。


「「「だーっはっはっはっはっは!」」」


 地獄絵図であった。


 対面、首輪は外したが決して目を合わせないように俯くルーカス、甘ゲロでカクテルなんぞをちびちびやっている向日葵、視線を外しながら湯呑を傾ける弥生が並ぶ。


 弥生の、何か問い詰めるような視線に、向日葵は一度目をつむり、考え。


「英雄に限らず――働き者の魔術師とは、得てして甘ゲロの常飲者である」

「最悪だな」


 ただの事実であった。目の前にある三人の女衆は、何の間違いもなく過労死レベルで己を酷使する努力家である。この醜態は道理にして必然。甘んじて受け入れるべき地獄。


 納得しないまでも理解はしたのだろう弥生は、緑茶を一口含み、


「お前は、あんま飲まねえのな。馬鹿みたいにゲロ飲んでたと思ったが」

「ああ……。俺、アルコールが効かないんだ」


 はあ? と首を傾げる弥生へ、向日葵はプラプラと甘ゲロの容器を振り、


「魔獣時代の体質なのか、いくら飲んでも、全然酔わなくてな……」

「そりゃあ……、すげえのか? 知らんけど」


 フッと、口の端を歪める向日葵は、しかし、何故か寂しそうな笑みを浮かべ、


「酔えないから、酔っぱらいのテンションについていけないんだ……」


 ツーっと、一筋の涙を流す、向日葵に。


 弥生は、何も言えず俯いた。


 向日葵は小さく、ふふっと穏やかな笑みで、


「二人も、何か飲みたきゃ作るぞ……?」

「僕、まだ十七なので」

「真面目だなあ。弥生は?」

「十六で霊体になってから見た目が変わってねえ。ゼリーも酒も飲んだことねえ」

「そっか。なら、やめといた方が無難だな……。姉がアレだけど……」

「あっれえー!? なんか暗い人たちがボソボソ言ってますよお、白雪さーん!?」

「飲ませて黙らせればいいのよお! お姉さーん! 『50』五個――!」

「ハイよろこんでー! あれえ? 白雪、ゼリーないんだけどー!?」

「瓦礫にあるわけないでしょ! ルカちゃーん! 私のバッグ開けてー!」

「あ、はい……ってコレ薬物と危険物しか入ってないんですけど!? オウエッ!」

「あははははは! ルカちゃんさんが飲んでないのに吐いたあ――! オウエッ!」

「さみしいなあ……」

「コレが?」


 彼岸と此岸は別たれたまま。


 地獄の宴はどこまでも深く、川の底へ沈んでいく。











 宴がお開きとなり、泥酔した京香は弥生が抱えて行った。


 同じく白雪を抱えた向日葵は、スライムゆえかケロリとしているアマリリスへ問う。


「嘘なんだろ? 俺たちのこと、知ってたって」


 アマリリスは、目を丸くした後、観念したように吹き出す。


「どうして、そう思う?」

「グロリオサスは、そんな直接的なことしないだろ。胡乱に迂遠に、要領を得ないことを言って、本人がいつか気付くまでニヤニヤしながら待ってる。そういうクソ野郎だ」


 肩を落とす向日葵へ、確かに、とアマリリスは笑う。


「ウロボロスに飼い主が居た、ってのは噂の範囲で。でも、私がグロリオサスから受け取った連絡は、これだけだったよ」


 懐、白衣の内から取り出したのは、一枚の、擦り切れた手紙。


『面白いモンを拾った。まあ達者に暮らせ。お前なら大丈夫だ。 ――父より』


 たった、それだけが書かれた。


 紙飛行機の形に、折り目がついた、直筆の手紙を。


「ったく、仮にも娘に、最期に残す言葉がコレかね。あのクソ親父は」


 アマリリスは一度、鼻をすすり、俯いて目を擦った後に、顔を上げた。


「君の言う通り、根拠なんてないさ。でもね」


 僅かに潤んで揺れる瞳が、二人を見上げ。


「君たちが、そうだったらいいなって。思ったんだよ」


 大きな弟と妹へ。互いに、血の繋がりすらない、名ばかりの繋がりに。


 小さな国家代表は、ただ姉としての笑顔を、浮かべた。


 向日葵は寝こける白雪を見て、苦笑する。頭を掻きながら、アマリリスへ、


「申し訳ないね、こんなダメな弟と妹で」

「ホントにな。がっかりだよ、全く」


 にしし、と歯を見せ。見た目相応の少女のように、アマリリスは笑う。


 と、そういえば、と首を傾げ、


「君たち、何故に空野?」

「アイツ、空野秋奈あきなって名乗ってたんだよ。バレバレだったけど、隠れ住んでた場所の状況がアレだったもんで。誰も構ってる暇なんてなかったから」


 気になる話だ。しかし、今語るべく話でもあるまいと、アマリリスは向き合う。


「色々言ったけど。私からのマジな頼みは、一つだけだよ」


 向日葵へ、真っ直ぐに、目を合わせ。


「京香と弥生を、頼んだ」


 向日葵は目を見開き、されど、


「ああ、分かってる。せっかく知り合ったのに、見殺しなんて寝覚めが悪いからな」


 頷いた。


 傍らではルーカスが、不安気な視線を向けていた。











 代表官邸から出てきた向日葵たちを、遠く眺める者があった。高いビルの屋上に座すのはエルフの兄妹、帝国の英雄、ミルフィオーレだ。


 地下の瓦礫に紛れ込ませた人形より、一部始終を見ていた彼らが、口を開く。


「話は纏まったみたいだな。ユフィ、いつ動く」

「最後でいいよ。残った方を、倒せばいい」

「世知辛えなあ」


 苦笑するシュバルツに、ユーフィリアは続ける。


「皆、同じ顔してるもの。まるで、出来の悪い人形みたい」


 そうか、とシュバルツは呟き、己が手を見やる。その内に漂う赤の光を。遠く視線の先、天を貫く光の柱を。ユーフィリアが抱き締める人形、ベルを見る。


 世界はあまりにも混沌として、醜く、救いなど無いように思える。


 だが、斬ればすぐにでも救えるではないか。


 英雄は、そう考える。











「あの人たち、本気なんでしょうか」

「本気だ。間違いなく」


 代表官邸、別邸の一室。明かりも点けない暗い部屋で、まるで素面の京香はベッドに腰かけ膝を抱え、弥生は入口の扉へ腕を組んで寄り掛かっている。


「そうですよね。あの霊界から、出てこれるような人ですもんね」


 あーあ、と京香は、首だけで天井を仰ぎ。


「――邪魔だなあ」


 何も見ていないような。


 黒く澱んだ蒼い瞳で、呟いた。


「ですよね、弥生さん」


 頭を下げて向けられる、張り付けたような穏やかな笑みに、弥生は溜め息を一つ。


「俺は、京香と一緒に居る。これまでと、何も変わらない」

「ふふっ。ありがとうございます、弥生さん」


 そうですよ、と京香はベッドから一跳び。心底ご機嫌な様子で、くるりとその場で身体を回す。霊力の光を散らす身体は、その足先を、床から浮かせて、音もなく。


「私たち、英雄ですもの」


 窓の外から差し込む光を背に、冷徹な響きを持って、笑う。






        ◇






 翌日。


 京香と弥生が消えたという、アマリリスからの連絡に。


 向日葵も白雪も、ルーカスさえも、驚くことなく息を吐いた。






――――――――――

【AIイラスト】

・京香・フィーネ・アルカディアーナ

https://kakuyomu.jp/users/hisekirei/news/16817330659373432410


・弥生・フィーネ・アルカディアーナ

https://kakuyomu.jp/users/hisekirei/news/16817330659373466638





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