第三章 共和国(13)

「同じく、グロリオサスに救われたお二人さん? こいつらの話、どうにも、君らの理想と、食い違うところはなさそうだけど」


 言葉に、向日葵と白雪が、顔を向ける。


 京香と弥生は、皆の視線を一身に受けて。立ち上がろうとした弥生を、京香が止めた。代わりに立ち、息を吸って、吐いて。


「私たちはもう、人ではありません」


 そう告げた身体が、透けた。


 薄く揺らめく、霊力の光に輪郭はぼやけ、霞んでいる。


「崩天霊災の爆心地にあり、肉体を失いました。あとに残ったのは、この霊力で形作られた姿、霊体だけ。それも、霊力を枯渇させて、今にも消えようとしていたところを」

「工房に居たはずが、何故かこの地下に転がってて。あの馬鹿野郎に、救われた」


 失った霊力を、グロリオサスによって補填されたという。ただ一人で、一国家一週間分の魔力を補うという力も、その身体であれば、さもありなん。


 京香と弥生は、きっと、この世界の誰よりも『誰のものでもない魔力』に近しい。


「『尻拭いをしてみないか』と言われました。だから、障壁を張って工房を閉じ、魔獣を押し留め、中の人々を、殺したんです。その後の顛末を思えば、罪の重ね塗りですね」


 結局、最悪の魔獣は英雄によって討ち滅ぼされ、戦争の引き金となった。


 崩天霊災は、ただの一人も救うことなく、ただ滅びだけを撒き散らした。


 だが。白雪はそこに確かな意図を感じ、問いかける。


「崩天霊災を、二度も起こそうとする理由は、そこにあるのね?」


 京香と弥生は視線を合わせる。一度頷き、再び、向日葵と白雪へ向き合う京香が見せたのは、あまりにも穏やかな、笑顔。


「『誰もが幸せでいられる世界』。そう望んだと言ったら、笑われますよね」

「笑うかよ。もう、随分見てきた」


 目を丸くする京香に、向日葵は息を吐く。弥生の表情は険しい。


 そう。既に見ていた。あの地獄の、さらに底に沈んでいた、獄界を。工房の研究成果。救済を求めた工房師が、自ら魔獣となって囚われる、永久監獄。


 意図を察して、京香は、胸に手を当てて目を細める。


「工房師を、本当の意味で、救えたらと。失敗、しましたけどね」

「それで、二度目は何? あのクソの地獄に、突き立てた墓標は」

「英雄主義を、潰そうと思ったんですよ。要するに、誘蛾灯です」


 笑みは、穏やかなままだ。


「崩天戦争終結から、四年。既に世界は次の戦争へ向けて、準備を終えていました。ならばと一ヶ月前、私は弥生さんと、神域にあの柱を建てました」


 正義感か、功名心か。ともあれ力を振るうことでしか世界を変えられない英雄共を、崩天霊災という餌にて釣り上げ、霊界に食わせて抹消する。


 共和国の英雄は、確かに、英雄だった。


「列強の英雄はまるで釣れませんでしたけどね。ああ、でも、帝国はさっき来ましたから。彼らさえ潰せるのなら、十分だとは思いませんか?」


 英雄主義の発案者。崩天霊災後の戦禍は、まず帝国によって挙げられた。二度目の災禍となる今、事ここに至ってなお、帝国は英雄による支配を我が物にせんとする。


『我々帝国が、第二次崩天霊災を阻止し、世界の主導権を握る』と。


 でも、と。京香は腰の後ろに手を組み、小さく俯いた。


「あなたたちの言う理想。それが叶うのであれば。私たちの願いは、不要ですね」


 ある意味では。


 英雄主義における、初めての無血決着であった。


「ありがとうね。京香、弥生。君らのお陰で、多くの命が救われた」

「奪った命の方が、ずっと多いですよ」

「気にすんなよ。人なんて誰でも、知らず知らずに人殺してんだ。殺戮者しかいねえ」

ウロボロスあなたが言うと、説得力凄いですね」


 ふふっと口元を隠して笑う京香を、弥生が気遣うように見つめている。大丈夫ですよ、と一言。静かに円卓に着けば、揃い踏みの英雄共に、代表が声を上げる。


「さて、話はまとまったね。グロリオサスの、忘れ形見共」


 一発手を叩けば、全員の視線が集まり。


「我々は新秩序、魔導科学民主主義による世界再生を目指し、行動を開始する。当面の方針は二つだ。マッチポンプだが、第二次崩天霊災の解決。および、帝国英雄の打倒だ」


 アマリリスの締めに、つと手を挙げたのは、ルーカスだった。


「この話、僕も混ざってるんですか」

「「「今さら関係ないと思ってんのか?」」」

「ハハッ! ですよね……」


 すぐに諦められるのだから大したものだろう。そもそも、帰れと言ってもこの頑固で真面目な男の娘は取り合うまい。白々しいにも程があると、皆で苦笑する。


「話もまとまったところで、今日は解散、と言いたいところだけど……」


 仁王立ちするアマリリスは、ふむ、と一つ首を傾げ。


 この場の全員へ、ぐるりと視線を投げる。


「せっかく、これだけのメンツが集まってるんだしぃー……」


 にんまりと、意味ありげな笑みを深め、


「親睦会も含めて――一杯やっとく?」


 どこから取り出したのか、スライムの触手で、酒とつまみを掲げた。











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