第三章 共和国(12)

「『神域のウロボロス』。そして、その『飼い主』さん?」


 皆の視線が、二人に集う。


 並んで座る、向日葵と白雪へ。


 魔術王グロリオサスの、遺子たちは。


「あのクソ魔獣に、飼い主が居たなんて話は、当時現場以外で聞かないけどな」


 向日葵が、溜め息と共に、頭を掻く。


 その様子に、アマリリスはにんまりと笑みを深め、


「だって、君の用いる霊術。『継承』は、ウロボロスにそっくりじゃないか」

「『喰らった者の全能を己の一部とし、無限に成長を続ける』ねえ」


 ルーカスが息を呑む。自ら二人に冗談めいて語った、魔術王最期の英雄譚。その中で倒される、バケモノのこと。英雄主義による戦争の、引き金を引いた当事者たち。


 それが今、目の前にいる。


 否。


 これまでずっと、隣に居た。


 堪えるように息を止めた、ルーカスへ。


「ごめんな、ルーク」


 向日葵と白雪の、寂しい笑み。


ウロボロスオレが勝てば、もう少しくらい、マシな世界だったかもしれないのに」


 反吐が、出た。


 ルーカスが、ちゃぶ台を両手で叩いて立ち上がる。そのまま、向日葵と白雪を睨み、ドスドスとらしくもない足音を立てて。


 二人の間に、腰を下ろした。


 白雪が、首輪に気を遣って、自ら腰を引いてしまうような勢いで。


「僕は何度も、二人に助けられました!」


 そんな、叫びを。


「意味分からないことも沢山言われたしされました! ふざけて被害に遭った回数なんてたった二日でもう数え切れません! 二人が言う理想も、それに向かう言動も何もかも、一つだって理解できません!」


 それでも。


「知りたいと思ったんです! 知らなきゃいけないと思ったんです! 知ろうと決めたんです! だったら、こんなこと。ただ過去を一つ、知れただけじゃないですか!」


 だから。


「僕は、向日葵さんのことも白雪さんのことも、バケモノなんて、思ってやりません!」


 ギリ、と。


 噛み締める奥歯と共に、向けられた、強い視線に。


「ありがとうな、ルーク」

「ホント、大した子よね、あなた。知り合えて、良かったわ」


 向日葵と白雪は、揃って、柔らかな笑みをこぼし。


「馬鹿で変態だとは思ってますけどね! 女装も追加で!」


 告げられた言葉に、俯いた。


 ぷっ、と吹き出す音に続いて、カラカラとアマリリスの笑い声が響く。


「にしても、アレが『師匠』ねえ。まるで似合わないったら」

「そう呼ばれるの一番嫌がったからな。アテつけだよ」


 なるほど、と茶を含み、一拍。


「ま、若者にここまでシャウトさせたんだ。無論、ここからどうやって、このクソな世界をひっくり返すのか。アテはあるんだろうね、魔術王のお弟子さん?」


 隣、顔を赤らめて俯くルーカスを可愛いなあなどと思いつつ。


 向日葵は、アマリリスに向き合う。


「……いや、全然ないけど」


 全員がちゃぶ台に顔を突っ込んだ。白雪以外。


 ある意味で有力者たちの総打撃を受け破砕したちゃぶ台に代わる卓をアマリリスが瓦礫の中から掘り返しつつ、弥生が馬鹿の胸倉を掴み上げる。


「無いっつったよな!? これ以上隠し芸は無いってさっき言ったよなてめえは!?」

「いや、だから、ありません……」

「無いのが残ってるって何なんだよてめえはあああああああああッ!」

「私、あんな風に叫んでる弥生さん、初めて見ました……」

「そう? 私はよく見る光景だわ」

「「「だろうな……」」」


 時間という全能神が以下略。


 新たな円卓に着く英雄ポンコツ共に、筆頭の馬鹿かつ女装は咳払い。


「まず英雄主義は潰す。英雄共も、奴らを祭り上げる国家も一つ残らずだ。相手が何であれ『継承』なら、問答無用で勝ち目を作り出せる。でも俺には、そこまでしかできない。その先に、どんな理想を描けばいいのかなんて、まるで分からない」

「無責任だねえ。救ったら救いっぱなし?」

「だからここに来たんだ。仮に俺が英雄を潰し切れたとして、その後まで面倒見ちまったら、また一人の英雄が残るだけだ。何も、変わらねえよ」


 向日葵は、一つ息を吐き。


「英雄が潰された後の世界に、新たな秩序をもたらす、確かな主導者が要る」


 それは。


「英雄主義においても、形を変えることが無かった共和国。それを置いて、他に無い」


 アマリリスが、きょとんと、目を丸くして固まる。


 かあーっ、と声を上げて項垂れ、胡坐の膝をバシンと叩いた。


「無意味に思えた悪あがきが、ようやく、ここまで『繋がった』のか」


 ゆっくりと上げる顔に、にんまりと、獰猛な笑みをたたえて。


「『魔導科学民主主義ベイル・ウィステリア』」


 一言。


「洗練された魔力技術により、三百年前、革命直前に破棄された科学技術を復興する。魔術と科学、両者が共存する世界において、魔力出力の多寡による悲劇は起こり得ない。当然、魔力を技術資源の半分に置く以上、人命価値は減じつつも損なわれることはない。英雄を人に返し、連盟共同体共産共有物から解放する」


 そんなことが、と絶句する京香、弥生、ルーカスへ、アマリリスは笑みを深める。


 立ち上がり、背後のボードに書き殴った、二文。


「これが、我々共和国が掲げる、理想だ」


・魔導科学民主主義―ベイル・ウィステリア―


・誰もが幸せでいられる世界


「既にこの二人は、その片鱗、戦闘魔術をもって戦っている。広告としては十二分だ」


 だろう? と思わせぶりに見やれば、向日葵は腕を組んで頷き。


「――イタくね?」

「「「うるせえ『継承』!」」」


 総ツッコミに、しかし馬鹿は喉を鳴らし目を見開いて、ちゃぶ台に突っ伏する。


「だって、だってアイツが、馬鹿の師匠が『英雄の二つ名なんて精神攻撃に使われてるだけだから、変なのつけられる前に自分で名乗っておけ』って言うから……ッ!」

「私は良いと思うわよ『継承』。師匠案の『捕喰ブリンガー』よりよっぽどマシじゃない。……というか、関係ないみたいな顔してるけど、そこの二人は無いの?」


 向日葵の背中を撫でる白雪に視線を向けられ、京香と弥生が顔を逸らした。


「「名乗らないよ」」

「あるのね」

「「名乗らないよ」」


 抵抗するが、霊術師である以上は起動名を付けざるを得ない。霊術は術式も解析不能。本人のイメージにて展開されるケがあるゆえ、具体化は必須事項である。その内、聞く機会もあるだろうと、向日葵は、話を戻すアマリリスへ、視線を向ける。


「共和国はこの二つの思想をもって、世界を覆しにかかる。それで、どうする?」


 アマリリスが話を振ったのは、複雑な顔にて押し黙る、京香と弥生。共和国が擁さずとも擁していたという、二人の英雄へと。


「同じく、グロリオサスに救われたお二人さん? こいつらの話、どうにも、君らの理想と、食い違うところはなさそうだけど」











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