第三章 共和国(11)
「グロリオサスは、二度世界を変えたと言われている」
キュポン、と子気味良い音を響かせ、水性マーカーを手の内で回す。
「まずは一度目、今から三百年前だ。幻歴にして一八〇〇年ごろ。仲良く異種族間抗争を繰り広げつつ発展し、産業革命を目前に控えたこの世界へ、魔力技術を持ち込んだ」
言葉を簡潔にまとめ、ボードに記していく。身長が足りないので、粘液を伸ばして。
「百年をかけて、多様な種族と秩序をことごとく制圧。魔術の有用性を世に知らしめ、人命資本魔術主義の基盤を敷く。その中心として、この共和国を興した。世界は全人類の幸福を打算的に尊び、諍いや争いの無い、平和な世界が二百年続く」
時間は大きく飛んで、現在。
「二度目。崩天霊災により世界が破壊された、その半年後のことだ。霊災他自然災害に加え、魔獣の暴威に晒されながらも、衰退しきった戦闘技術では一方的に蹂躙されるより他に無かった人々へ、奴は最期に希望を遺した」
カツン、とペンの尻で、記した一文を叩く。
「大魔獣『神域のウロボロス』の単独討伐。この一報は、災禍にあえぐばかりだった人々に、ある一筋の光明を見せたよね」
だが。アマリリスの表情は、希望を語るには、あまりにも険しく、悲壮だった。
その理由は、すぐに語られる。
「『高位の魔術師は戦争の道具に最適だ』と、奴は身をもって証明した」
すなわち。
「連盟共産英雄主義の萌芽。最高位魔術師を英雄として祭り上げ、魔獣も人も問わず敵対勢力を武力によって制圧、支配する。魔術主義において抑圧されていた有象無象の思想主義による群雄割拠。今に続く『崩天戦争』の開戦だ」
アマリリスは、ボードに記した要約文を手の平で叩く。
・幻歴一八〇〇年以前:古くより異種族間の抗争が続く。
・幻歴一八〇〇年頃:産業革命直前に魔力技術が台頭。世界秩序へ介入を開始。
・幻歴一九〇〇年頃:魔術による思想統一が成る。人命資本魔術主義。戦闘技術は衰退。
・幻歴二一三二年:崩天霊災。半年後、グロリオサスによる大魔獣ウロボロスの討伐。連盟共産英雄主義による英雄同士の戦争が開戦。崩天戦争。
・幻歴二一三三年:崩天戦争の終結。世界は新秩序の元、それぞれに復興を開始。
「英雄を勢力代表者として一騎討ちさせ、勝者は敗者を全面支配する。英雄主義による戦争は極めてシンプルで、たった半年の内に終結した。残った勢力は、たった八つだ」
全く、とアマリリスは、大げさに両手を広げ肩をすくめる。
「最高位は、青天井に魔力を出力し自滅すらできてしまう。片や工房師は、一切の魔力を出力できず魔術社会に貢献できない。どちらも、魔術師の位階としては例外の、出力異常者だ。どちらも揃って世界崩壊の原因とは、救いがないね」
どちらも救えなかったのだと、アマリリスは言外に、そう語る。
白雪も気に入らないと鼻を鳴らし、せめてもの救いを述べる。
「でも、崩壊後の戦争に、共和国は参戦しなかったのよね。大したものじゃない」
「中央大陸は崩天霊災の爆心地。荒れ果てて、攻められる理由も無かったからね」
だが、アマリリスは皮肉にて返し、さらにもう一文を書き加える。
「ここに来て、二度目の崩天霊災。そして帝国の宣言。現存各国は、世界の覇権をめぐりこぞってこの共和国に押し寄せている。まさに地獄絵図」
でもね、と。アマリリスはまたボードを叩く。
それは過去に二度、世界を変えたというグロリオサスの偉業を指して。
「私はね。奴は死んでなお、もう一度世界を変えようとしていると、思ってる」
ペンが、ボードを離れ。
向日葵と、白雪へ突きつけられた。
「魔術王の英雄譚最期の舞台だったはずの神域。だが奴は、二人の生存者を連れ帰った」
だろう? 薄い笑みに、ただ確信だけを浮かべて。
「『神域のウロボロス』。そして、その『飼い主』さん?」
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