第三章 共和国(8)

「いやあああ離して! 誰か! 馬鹿が、変態が――!」

「モフ、モフい……。そんなに耳パタパタさせて誘ってるのかしらこの悪い娘は」

「全力の拒絶ですが目え腐ってるんですか!? う、完全にキマって動かない……!」

「フフフ無駄よ暴れるほどお腹に尻尾が抉り込んでゾクゾクするほど心地良いの。ああ、あったかやわらかこれが天の至り――すっごくいいにほいがする」

「嗅がないでええええ! あああんちょっと、どこ触ってえええええ」

「あら? 和装のせいで目立たないけど、コレ中々……、なんかムカつくわね」

「凄い高次元の逆恨みひゃあああああん! 誰か! 誰か! 火事です、火事よ――!」


 ハッと、新たなる被害者の気配にルーカスが意識を取り戻した時には既に全てが終わっていた。真っ赤に上気した顔でゼヒゼヒと、放心状態で息を荒げ、艶めかしく和装を中途半端に乱した京香が手足を力無く放り出して床に寝そべり、その傍らで白雪が仁王立ちしている。控えめに言って警察案件だったが香ばしく匂い立つ面倒事の気配からルーカスは秒で思考を放棄することにした。この短期間に幾度と鍛えられ自発的気絶はお手のもの。


「フン、共和国の英雄が、聞いて呆れるわね」

「お肌ツヤツヤさせながら言うことですか!?」

「というわけで英雄主義的に、あなたの生殺与奪は私が得たということで」

「どこの主義主張ですかあああああッ! 遠い星の裏側ですか!?」


 勝利には違いなかった。完全な、あらゆる意味で。


 白雪は右手を伸ばし人差し指を突きつける。左手は腰に当て、


「勝者として、私の要求は一つよ」

「あくまで通すんですか!? いいですよ何でも言うがいいです聞き流してやります!」


 立ち上がり乱れた和装を両手で合わせ、キッと涙目を怒らせる京香へ、


「向日葵を返しなさい。今すぐによ」


 京香の表情が、消えた。


 今までのやり取りに、コロコロと色を変えていた蒼の瞳が、沈む。


「それはこちらのセリフです。弥生さんを返してください」


 そういう顔もできるのね、と白雪は睨み返す。


英雄アンタたちが、共和国をどうしようが、世界をどうしようが、正直私はどうでもいいの。でも、向日葵に何かするって言うなら、地の果てまで追いかけて潰すわ」

「気が合いますね。私も弥生さんに何かされたら、うっかり世界滅ぼしちゃいます」


 それは始めから、交渉ですらない。


 ただ互いの、信念のぶつけ合い。潰し合い。


 己が己であるために。譲れるものなど欠片もなく。衝突は必然にして道理。ゆえに白雪は無数の仮想ディスプレイを展開し、京香は光の渦を足元から立ち昇らせ、


「術式起――」

「霊術起――」


 引き金が、撃鉄を、


「あああああッ! 何やってんのさ君らは!?」


 打つ瞬間、多量のスライムがぶちまけられた。


 あああああああーと白雪と京香とついでにルーカスも巻き込んで粘液の津波が全てを押し流していく。中量棚に重量棚の小中魔力結晶、心臓部たる大型結晶も何もかも、巻いて飲んで潰していく。あとにはただ、べちゃべちゃになった備品の数々と、あられもない姿で地に伏せる三人のポンコツ共だけが残り、肩を怒らせ飛び込んできたちっちゃな国家代表、アマリリスが全員を見下ろして声を上げる。


「人ん家の地下で何をドンパチやって、つーかアンタ、京香! なんでこの二人がここに居るんだ私が上に呼んだんだけど!?」

「い、いえ、門の辺りを散歩してたら、偶然……」

「一ヶ月前に勝手に出てって帰ってこなかったのも全部偶然かオイ!?」

「い、いやあ、英雄は自由なものですし」

共和国ウチに英雄は居ないって言ってるだろおおおが!」


 マジに激昂するアマリリスに、京香は粘液まみれの顔を逸らし、そっぽ向いて冷や汗かきながら両手の人差し指をツンツン突いている。スライム溜まりにうつ伏せで沈んで動かないルーカスを尻目に、白雪は、周囲の有り様を指差して、


「国家中枢が一瞬にしてお陀仏なんだけど、大丈夫なの?」

「そ、そうですよ争ってる場合じゃありません! 国の一大事、皆で力を合わせて」

「誰のせいだあああああああ――ッ!」

「「ごめんなさい……」」


 目を覚ましたルーカスは後に、喧嘩を止められなかった不甲斐なさから謝罪した。


 白雪と京香は、それが一番堪えた。











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