第三章 共和国(7)

 少女に連れられ、官邸の地下の、さらに下へ。エレベーターは封鎖されているので階段にて、白雪とルーカスはコツコツと音を立て降りていく。地下二階部分は、一階に比べても遥かに広く深く掘られていた。面積はちょっとした体育大会が催せる広さ、高さは三階建てのビルほどは入る大空間。等間隔に配置された照明によって全体が明るい。


 中央奥には、大人の身の丈を超える大型の魔力結晶が並んでいた。合計二十基、十基ずつの塊で五基二列に整列する。それを中心として、空間全体へ並べられた中量棚と重量棚には、小型から中型の魔力結晶が、ケースやパレットに積んで収納されている。


 白雪とルーカスは棚の間を進みつつ、壁や床、天井に直接書き込まれた術式群を見つける。大型結晶から、部屋の隅々まで張り巡らされたそれを見て、白雪は少女へと問う。


「都市機能の中枢管理施設、ってところかしら」

「右の大型結晶は魔力コンデンサ、左はインフラ系術式を保存したWODです。有事の際には、ここだけで、共和国全体の都市機能を補える構造になってます」


 少女の答えに、ルーカスはなるほどと頷く。


「有事用だから、ローカルで起動できるよう直接術式を刻んでるんですね」

「市民へ分配用の、小型から中型の結晶もですね。ここに収納された分だけで、全一般家庭一週間分の魔力は補うことができます」


 馬鹿げた量だと、白雪とルーカスは思う。


 このご時世に、どうやってかき集めたのか、とも。


 二人の視線を受けた少女は、くすりと、小さな笑みを返す。


「もちろん、全て私が充填してるんですよ」


 さて、と少女は、二十基の大型結晶を前に、振り返る。


 外套のフードに手をかけ、ゆっくりと、背中に落とす。


「ようこそ。旧人命資本魔術主義の残滓、共和国の中枢へ」


 白銀しろがね色の髪を、腰まで伸ばした少女だ。人間なら十代半ばほどに見える。緩くウェーブのかかる前髪に、澄み渡る蒼穹の瞳。垂れ下がる目尻が、二人へ向けて穏やかに細められる。白の和装を黒の帯で締め、フード付きの白い外套を羽織る。


 その頭には、耳が乗っていた。先端だけが黒い、白の獣耳だ。ふさふさと毛に包まれた三角形が、やや寝そべった形で斜め前へ向けられている。


京香きょうか・フィーネ・アルカディアーナです。京香と呼んでください」


 少女、京香は、静々と胸に右手を添え、


「私が、この共和国の英雄にして――崩天霊災の、元凶です」


 そっと首を傾げ、微笑んだ。


 白雪とルーカスは、共に無表情。白雪は、まあそんなところだろうという察しの良さにて。ルーカスは、ただ思考を強制シャットダウンした自己防衛にて。既に何も考えていないだろう光の失われた瞳に、白雪は素直に感心する。


「ちょっと。ルークが壊れちゃったじゃない」

「ごめんなさい、意地悪でしたね。でも、驚いたでしょう?」


 何でもないことのように言う。


 実際に、何でもないのだろう。


 世界を焼き尽くしたことに比べれば、この程度。


 気に入らないわね、と白雪は鼻を鳴らす。その言い分も、その笑顔も。腕を組んで仁王立ち、目を眇めてみせようがどこ吹く風。涼しい笑みを張り付ける京香へ、


「ところであなた、犬獣人?」

「気になるところそこですか? まあ、そう見えますよね。あと犬じゃないです狼です」


 何かこだわりがあるのかしら。持たせた含みに、ふうん、と一つ頷き。


「モフっていい?」

「えっ」


 京香の、笑みが崩れた。


 白雪は一歩、前に踏み込みつつ、もう一度告げる。


「モフっていいかしら」

「え、いや、聞こえてますそういう『え?』ではなく。なん、なんですか。どうして両手構えてワキワキさせながら、やめて近づかないでください!」

「いや私極度の犬派で。一度はモフらないと気が済まないのよ。ところで尻尾は?」

「だから犬ではなく狼で、いやそれ絶対何かヤバ、ああ尻尾ならローブの下に」

「隙あり」


 京香が腰を見下ろした瞬間に白雪が背後から組み付いた。膝裏を軽く蹴り姿勢を崩させ後ろへ引き倒し胡坐に尻と脚を抱え込んでホールド。


 俗にいう、背面座位である。











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