第三章 共和国(6)
共和国首都。白雪は首輪をつけたルーカスに連れられて、代表官邸の前に居た。
中々に大きな建物である。高い柵の向こう、芝生に石畳を敷いた広場のような門構え。コンサートホールが一つ二つ入りそうな長方形の三階建ては、多くがガラス張りになっている。その傍らには、居住用と思われるレンガ造り二階建ての別邸が寄り添っている。
さすが、仮にもかつて世界を席巻した、魔術主義の中心というべき建築だった。
敷地内の木や生垣が、全て根元から抜かれ、土が剥き出しになっていなければ。
「本当は、無機物と有機物の色合いで調和してたんでしょうね。憐れだわ」
「察しが良くて助かります。問題は代表本人が全く気にしてないことなんですが」
「見栄えより実利を取るのは、個人的には好印象だけどね」
一国の主としてどうかと言われると、首を傾げる。まあ前代表の気性や、この国の実情を考えれば、さもありなんというところか。
それで? と白雪は、隣のルーカスへ首を傾げる。
「ホイホイついてきたけど、なんでルークも目的知らないのよ」
「だって、手紙には『馬鹿が起きたら連れてこい』としか書かれてなくて……」
「敢えて原文ママに伝えるのは素敵だと思うわ。他でやるのはおススメしないけど」
「他の人には間違ってもやりませんよ」
「ホント良い性格してるわアンタ。あら、顔に毛がついてるわ。取ってあげましょう」
「触らないでくださいこの馬鹿!」
自然な流れで自爆スイッチを押しに行く白雪にルーカスが身体を抱いて飛び退く。目を眇め両手を構え腰を落としてにじり寄る白雪に、涙目を吊り上げ歯を剥き出しに息荒く後退るルーカス。離れても爆発するし触れても爆発する。チェーンレスデスマッチである。
「何故かしら。ルークの涙目見てると下っ腹がオギオギするのよ」
「誰か、誰か――! 馬鹿の上に変態が居ます!」
「男の娘っていいわよね相手も立場も状況も選ばなくて。一本書いていい?」
「本人相手にナマモノジャンルの許可取りに来ないでください――!」
見てないところで勝手にやれということかしら。白雪はごく自然に都合よく曲解したのを即座にルーカスに看破され睨まれた。本家ポンコツに新入りが一人、仲良くわちゃわちゃぎゃあぎゃあ親交を深めていると、
「一国の代表宅を前に、何をしてるんですかあなたたちは」
声に振り向けば、白い和装に、外套を目深に被った銀髪の少女が、門の勝手口を開けていた。吐息を一つ、見えずともフードの奥から呆れた視線を向ける少女へ、白雪は、
「あなたも混ざる? ルークが結構すばしっこくて捕まらないのよ」
「欠片でも混ざる可能性があると思ったんですか?」
「助けて! 助けてください英雄さん!」
「ええと、英雄は国のために動くものなので……」
「そういうことよルーク。二対一ね諦めなさい」
「「だから混ざらないって言ってるでしょうが!」」
残念、仲間を増やすことはならなかった。まあその内いつの間にやら巻き込んでやろうと、その思考を看破するルーカスの半目は華麗に無視しつつ、白雪は少女へ向き直る。
「お迎えありがとう。どちらに向かえばよろしくて?」
「分かってるなら早くしてくださいよ! はあ……、こっちです」
肩を落としながら踵を返し、先を行く少女へ、ルーカスが憐みの目を向けていた。
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