第三章 共和国(1)
賑やかな街の喧騒に、目を覚ました。
青々と広がる高い空。まばらな薄雲。行き交う人々の声と、足音。背中に響く硬い揺れから、自分が往来のど真ん中に寝転がっていたことに、ようやく気付く。
身体を起こす。顔にかかる、赤い髪を払って背中に流す。まずは立たなければと膝を折るが、妙に気怠く、思うように腰が上がらない。ああ、これは無理だな。仕方ないと諦めて息を吐き、行儀悪くも路面に胡坐をかく己に、街を行き交う多種多様な人々が、ちらりとも目を向けない異様さに、やっと気づいた。
「なんだ、ここ」
『工房だ』
期待していなかった答えに、振り返る。
大きな、黒い獣がこちらを見下ろしていた。
まあ、バケモノの類だろう。大人三人分を超える巨躯の四足獣。体毛の代わりに纏わりつく影。輪郭も定かでない頭に、揺らめく二つの赤い光。だが、どうしてだろうか。これをバケモノだとは微塵も思っていない自分が、ただ、ただ不思議で。
「ええと、どちら様?」
『は?』
口を開ける黒い獣に、首を傾げ、
「というか。俺、誰?」
真っ白な頭で己を指させば、獣の目が驚愕に見開かれた気がした。
◇
「離しなさい! 離しなさいったらルーク!」
「落ち、落ち着いてください白雪さん!」
共和国、とあるハーフリングの少年が暮らす一軒家。すなわちルーカスの自宅にて、傍目には賑やかな決死の攻防が繰り広げられていた。起き抜けなのだろう乱れたベッドを背後に、外へのドアへ向かおうとする白雪と、腰にしがみついて止めるルーカス。
「目が覚めたら向日葵が居ない!? これが落ち着いて、大声上げるわよ!?」
「そう来ると思ってました! この家の防音および封鎖は完璧です!」
「やっぱ才能あるわアンタ! でもこの程度の防壁、数秒あれば」
「その数秒で十分ですよ!」
ディスプレイを展開する白雪からルーカスは離れ、部屋の隅にある小さな引き出し棚へと駆け寄る。怪訝に眉をひそめる白雪へ、取り出して見せたのは黒いチョーカーだ。
「首輪、か。歯向かうと爆発するやつね」
「ええ。英雄主義の初期、英雄の反抗防止用にと製作され――、現在まで生き残るようなバケモノに対しては全く効果がなく、自然と消え去った、人類悪の結晶です」
「よく分かってるじゃない。それで? よしんば私につけられたとして、その程度」
「でしょうね! だからこうします!」
ルーカスは、ヤケクソ気味に叫び。
己の首に、ソレを巻いた。
あんぐりと、目を口を開けて固まる白雪へ、ルーカスは右腕を突き出し手を広げる。
「僕から白雪さんが離れたら爆発します! 白雪さんが僕に触っても爆発します! 外部から魔術干渉を受けた瞬間に爆発します!」
さあ、と。
「話、聞いてくれますよね!?」
涙目を怒らせるルーカスに。
白雪は、長く、大きな溜め息と共に。
「とんでもない馬鹿と、知り合っちゃったなあ……」
己を全力で棚上げ、心底呆れつつ、諸手を挙げた。
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