第二章 英雄たち(12)
コイツは危険だ。シュバルツは咆える。
剣戟。嵐のような応酬。一撃一撃が破滅を呼ぶソレをシュバルツは惜しむことなく叩きつけ向日葵が片端から打ち返す。空を裂く極光と轟音とが生まれた傍から弾けていく。星の生と死とを繰り返し見せつけられているかのよう。一度掠めれば捌き損ねれば速やかにハツるだろう。互いに振るう光は美しくなれど凝縮されているのは死そのもの。
二人は死神と踊り続ける、踊り狂う。シュバルツが息継ぎとばかりに口を開いた。
「訂正してやるよ、英雄!」
「最高の、褒め言葉だ」
「同感だなあ、オイ!」
向日葵は剣聖を、さも始めから己の一部だったように振るいつつ、ただ、ただ戦慄していた。この剣が内包する常軌を逸した能力に。バッサリ切り開かれた腹は、剣を模倣した瞬間に塞がった。全身は異様な熱を持ち、羽のように軽く、風のように速い。打ち合う度に骨が砕け肉が引き裂かれるも、次の瞬間には何事も無く身体が動く。
パキリ。
頭の中で、何かが砕けた。
(――決して、折れない剣を)
誰かの意識が流れ込んでくる。まさか、否、理解する。この霊術の本質。馬鹿げた威力など、副産物に過ぎない。ただ、折れない剣。担い手すらも刀身とみなし共に振るい振るわれ続ける。身体を霊力に置き換え、不死者と化しても。剣に、生かされている。
構わない。どうでもいい。むしろ都合が良い。今は、ただ。
バキン。
砕けたナニカに、思考が、消えた。
呼吸が止まる。腕が止まる。脚が止まる。視界が白く塗り潰される。
はて。
俺は。
一体。
何を。
「――向日葵!」
呼ばれた名前に、覚醒する。視界が戻る。脚が腕が動き、息を吐き出す。
目の前に迫る剣を叩き落す。正面から受けず刀身を滑らせ、弾き飛ばす。再び頭の中で鳴る音には一切の意識を向けず。今はただの剣として、愚直に、斬り進む。
一度鈍った剣に眉根を寄せつつも、シュバルツは気付いていた。向日葵が握るのは間違いなく己の剣であるがしかし明らかに数段劣る。なおここまで剣戟を重ねられるのは一重に奴の技量だ。力の差を技で埋められている。すなわちシュバルツの敗北に等しい。
もはや数えるのも億劫になる程の剣戟を交えた末に真正面からぶつかった。同時に向日葵は剣から右手を手放し振り抜く。拳がシュバルツの顔面に突き刺さる。当然剣を保持する左手は力で押し負け身体が浮くが逆らわずに受け流し自らの回転に変えてさらに剣を叩きつける。シュバルツは殴打により視界がぼやけるも追撃を己の経験のみで迎撃した。しかし角度が甘く受け止めた剣は弾かれ大きく後退する。空隙は一瞬。されど向日葵は既に剣を掲げている。遅れてシュバルツも剣を翻す。紅蓮が爆発する。咆える。
向日葵が早い。シュバルツが強い。
吹き飛ぶのはどちらか。交錯する。
瞬間――二つの影が、飛び込んだ。
少女と、獣。少女は向日葵に背を向け庇うように腕を広げる。獣は身に纏う影をぶちまける。直後に二つの剣聖が解けて消え、シュバルツの顔が驚愕に歪むのを、向日葵は他人事に見ていた。霧散した霊力は少女の下に集い、祈り手を合わせる。
霊災。
戦場を、光が満たした。
目を開けたシュバルツの前には、既に誰の姿も無かった。剣聖も消えている。後に残された破壊の跡は、二度の霊災と、英雄同士の逢瀬によるものだけである。
不意に全身の力が抜け腰を折る。倒れはしないまでも膝に手を着き、呼吸は荒く、頭が上がらない。肩で息をしながら必死に身体に酸素を送り込む。
ユーフィリアがシュバルツに駆け寄る。兄の無事を認め、安堵の息を漏らす。
「クソ。霊術を、模倣する霊術だと。
「分からない。でも」
顔を上げたユーフィリアが、誰も居ない更地を振り返る。
「あいつらで間違いない。多分」
言葉を遮り、鳴り響くうるさい呼び出し音と、続く声に二人は顔をしかめた。
『共和国領にて膨大な霊力活性を検知した。ミルフィオーレ、何があった』
帝国代表。二人の飼い主。通信から高圧的な声が響く。
「共和国の、英雄を見つけた。悪いが仕留め損ねた」
『追って、確実に仕留めろ』
声は、端的に。
『共和国を潰せ。我が国の英雄。貴様らの、命に代えても』
言い捨てられ、通信が切れる。
風が木々を揺らす音に、シュバルツが舌打ちし、ユーフィリアは息を吐く。
「英雄って、何だろうね」
「都合の良い殺戮者、だろ」
見上げた空は、いつの間にか夕暮れに染まり、ゆっくりと日が落ちていく。
長い一日が、終わろうとしていた。
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