第二章 英雄たち(11)

「『誰もが幸せでいられる世界』を作るんだ。目の前の不幸は、見過ごせないだろ」


 皮肉気に、口の端を歪めた。


 背後で、少女と獣が、ピクリと顔を上げる。


 シュバルツはただ、心底下らないと、鼻で笑い飛ばす。


「久しく聞かねえ馬鹿話だ。さすがは共和国だな」


 シュバルツは、視線だけでユーフィリアを下がらせる。抜刀。見事な長剣だ。使い込まれてもいる。向日葵もナマクラを握り締める。


 互いに身構える。彼我の距離は十メートル。他の者は可能な限り下がり、遠巻きに眺める。巻き込まないようにするには少々近い。向日葵ならば問題無いザコ故に。シュバルツに良識があることだけを祈ろう。あまり期待はできないが。


「それじゃあ、行こうか」

「んじゃあ、行くぞオ!」


 シュバルツは剣を頭上高く振り上げる。迸る光、馬鹿げた魔力出力は紛うこと無き最高位、英雄の力。一撃、初手最大火力にて敵対者を消し飛ばす、問答無用の剣閃。振り下ろされ大地が抉れ爆散し、扇状に背後の森を数十メートルに渡って消し飛ばす。


 閃光と爆音。後には破壊と煙だけが残り、向日葵の姿は無い。


 いつものことだ、シュバルツはつまらなそうに剣を肩に担ぎ。


 視界、左下からの奇襲を受けた。


 懐に潜り込んだ向日葵が短剣を突き込む。一瞬遅れて反応したシュバルツは半身を捻るが左の肩口を浅く裂かれた。剣を構え直す。向日葵はなお止まらず二刀を振るい立て続けに叩きつける。五度ほどを切り結び、シュバルツの顔に浮かぶのは、ただ落胆だった。


「ザコの小細工か。見飽きてるな」


 シュバルツは大きく背後に飛び、再び剣を大上段に構える。構わず真っ向から突っ込む向日葵にさほどの興味もなく、振り下ろした。


 二度目となる、容赦のない破壊の嵐が。


 向日葵の短剣に触れ、霧散した。


 シュバルツの顔が、驚愕に歪む。その鼻っ柱へ向日葵は短剣を投げ打つ。長剣で切り払う後隙に肉薄し二刀にて斬り込む。紙一重で受け止められた。鍔迫り合い、止まる。拮抗。シュバルツは力任せに押す。向日葵はわざと引いた。左手のみで剣先を逸らし右手は手放し、斬撃が返るより早くシュバルツの顔面に拳をめり込ませた。


 衝撃にシュバルツの身体が数十メートルを飛び大木へ叩きつけられた。ずり落ちる背中で木の幹が後ろへ圧し折れていく。向日葵は息を吐き、地面に転がった短剣を拾う。


「目は覚めたか、色男」

「マジ、かよ、お前。そんな小細工で、最高位相手にケンカ売るのか」

「あんま大技ぶっぱするなよ、周り巻き込むだろうが」

「おもしれえ――」


 シュバルツは吐き出す息と共に切り替える。ほとんどまともに使っていない白兵戦術式を呼び出し一歩で距離を詰める。身体強化、自動迎撃。立て続けに連撃を繰り出す向日葵の小細工は一つとして原理を理解できない。分かるのは、このザコが取るに足らないナマクラで己と切り結んでいるという馬鹿げた事実だけ。


 笑みが零れる。打ち込んでも打ち込んでもことごとくを弾き返され、どころか反撃に転じてくる。攻撃が反撃に利用されつつある。見切られている。自動迎撃は既に解除した。シュバルツは己が技量のみにて迎え撃つ。振るわれる刃は幾度か向日葵の肌を浅く撫でるもまるで怯まず突き進んでくる。紙一重の攻防が続く。


 シュバルツは退いた。一歩、押されている。二歩、俺が。三歩、剣で。自覚する。オイオイ勘弁してくれ、楽しくなってしまうじゃないか。思わず力任せの横薙ぎを払う。


 向日葵は既に屈んでいる。両手を地に脚を払いシュバルツの身体を浮かせるが、英雄は剣を振り抜いたまま中空で身体を回し反撃に転ずる。無茶な姿勢から放たれた斬撃を弾き落とし剣先を地面へめり込ませる。無防備な刀身の横っ腹へ、術式起動、強化した両の短剣を力任せに叩きつける。圧し折れた。ナマクラと業物が共に砕け散る。


 武器は失われた。これで。


 シュバルツと目が合った。笑っていた心底楽しそうに。悪寒。シュバルツは既に体勢を立て直し魔装を、手放して、いた。違う、これではない。奴の得物は。


 腰溜めに低く構えた無手へ、紅蓮の如き赤の光が集う。異常霊圧、危険信号。霊力が収束し、剣の、形に。輪郭はぼやけ、刀身どころか鍔も柄も定かではない。


 無形たる赤き光の剣。


 なれど、圧倒的な存在感。


「霊術起動、『剣聖セイヴァー』」


 振り抜かれた。


 向日葵は正しく防御した。土壁を薄く幾重にも立ち上げ、蹴り下がり間合いからも完全に脱した。その上で、腹を食い破られた。障壁も距離も、剣は容易く貫いた。威力に吹き飛ばされるまま、見上げた空では剣閃上の雲が割れ――断面から消し飛ぶ。


 マンガかよ、と。呑気な感想が脳裏をよぎる。


 血飛沫をまき散らしながら地に落ちて転がる。こみ上げる血反吐を吐き捨てる。痛覚すら麻痺したか、身体が動かず何も感じないので、見下ろす切断面から真っ赤な水溜まりに、生っぽいもの、は見なかったことにした。繋がっているし生きている。問題ない。加減された。治癒術を掛けつつ、うずくまったまま前を睨む。


 ややぼやけた視界の向こうに、赤の剣を携えたシュバルツがいる。


「霊術師、か」

「悪いな、少し本気を出した」


 剣聖。世界第二位国、帝国最強の英雄。大陸一つを剣一本で叩き潰した男。


 活性化した膨大な霊力が、シュバルツに集う。霊術。物理法則を無視し、世界の在り様さえ根底から覆す力。救いも滅びも思うがまま、クソッたれの奇跡。それが今は、奴が握るただ一振りの剣を、世界に認めさせ、叩きつけるためだけに展開している。


 視界の端、こちらへ駆け出そうとするルーカスを白雪が止めている。判断は正しく、表情は険しい。信頼と心配を半々に、向日葵はそれを嬉しく思った。少女と獣は動かない。それで良い。あちらにユーフィリアが居る以上、動くべきではない。これはあくまで一騎討ち。下らない英雄主義の戯言なれど、今は都合良く利用する。


 シュバルツは剣を担ぎ上げ、未だうずくまり震える向日葵を見下ろした。


「そこまでだな。まあ、よくやった方だと――、おい?」


 笑っていた。腹を抱えているのは治癒のため、だが分かっていても爆笑を堪えるように見えた。シュバルツの視線の先で、腹の傷に光が走り、時間を巻き戻すように、塞がった。早すぎる。ゆらりと立ち上がる向日葵の姿に、悪寒が走る。


「久々に、見たな。持ってる奴は、居るもんだ」


 シュバルツは己の勘を信じた。決めなければマズい。剣を振り上げる。世界を軋み歪ませ紅蓮が荒れ狂う。今度は回避など許さない一帯を丸ごと吹き飛ばす。


 だが向日葵は突っ込んだ。振り下ろされる剣、やはり真正面から、行く。迎え撃つ。


 英雄の剣が慈悲深く、苦痛すら与えない破壊の光を弾けさせ、なかった。


 寸前に、受け止められた。


 シュバルツは見た。向日葵の手に、集う、赤。


 紅蓮の光。


 形無き剣。


 剣聖。


 疑問を挟む余地も無く確信。二つの剣聖は同質の破壊にて相殺を成し、国の一角を消し飛ばして余りある威力が、あっさりと消え失せた。


「霊術起動、『継承リンカー』」











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