第二章 英雄たち(10)
咄嗟に身構えた四人と一匹の前に、二人組の男女が降り立つ。
一人は短い金髪に長身、長耳の若い男。人間なら二十代半ばほどだろうが、エルフゆえ年齢不詳。ガタイがやたら良い。厚手の黒衣に、金に縁取った黒の外套。腰に帯びた長剣は、鞘に刻まれた精緻極まる術式群から、刀身を見ずとも業物の魔装と分かった。
もう一人は、眠たげな目をした少女だ。見た目だけなら十代半ば。深緑の長髪に長耳、やや小柄な体躯はいかにもエルフらしい。男と同じ、黒金の外套にて首から下を覆っており、手持ちの装備などは見分けられない。
遥か頭上を高速で飛び去る小さな影、恐らく、男と少女をここまで運んできた郵便屋だろうそれを向日葵は見送り、視線を戻す。対する男の言葉は、極めて端的。
「帝国所属、最高位。シュバルツ・ミルフィオーレだ。こっちは妹のユーフィリア。まあなんだ。世界のために、死んでくれや」
男、シュバルツへ身構える三人、および一人と一匹に、少女、ユーフィリアが右手を向ける。瞬間、周囲の森から顔を出した九体の人形が、全員を包囲した。それぞれが掲げる小さな手の先、既に即死級の魔力を込めた術式が起動待機している。ただ一体、動かずにいた人形、白雪が抱き締めるソレへ、ユーフィリアは目を向け、
「ベルは、そのままでいいよ」
ベルと呼ばれた人形は右手で小さく敬礼し、白雪の腕に大人しく納まる。あらかわいい。向日葵と白雪がほっこり頬を綻ばせるのは現実逃避であり、ルーカスは卒倒しかけている。役に立たない三人のポンコツは意識の外に、声を上げたのは白い少女だった。
「帝国の英雄ですね。崩天霊災を止めに来たのであれば、目的地が違うのでは?」
「おお、そりゃわりいな。昔っから方向音痴なんだ」
姿勢を正し、毅然と問う少女に対し、シュバルツは悪びれもせず軽く返す。
だが、と。
「目標だけは、間違えないみたいでな」
視線は少女と、傍らで唸る獣へ。
霊災の爆心地に立つ、一人と一匹のバケモノへと。
少女が、フードの内で歯噛みしたように、向日葵は感じた。
「この人たちは、関係ありません。相対戦を望むのなら、受けましょう」
少女の広げた右手に、向日葵たちを庇う意味はなかっただろう。
でも、と。否定から続く言葉が、それを証明した。
「勝てませんよ。あなたたちでは」
包囲する九体の人形が全て光に貫かれ、爆散した。
魔術を行使した様子も、予備動作すらも見せない、無拍子の反撃。
シュバルツは、ただ口の端を吊り上げた。
心底、楽しそうに。
「当たりどころじゃねえ。大当たりだぞ、ユフィ。何が『共和国は不戦国家。英雄は擁さない』だ? 良い意味で裏切ってくれるじゃねえか」
「お兄ちゃん、楽しそうだね」
シュバルツは最高潮。腰の剣に手をかけ獰猛な笑みを浮かべる。ユーフィリアも軽く眉を立て、僅かに身構える。白い少女が両手を掲げ、黒い獣は牙を剥き出し前傾姿勢に、
「ちょっと良いですか」
手を一発叩き、無造作に。向日葵は間に踏み込んだ。完全に蚊帳の外からの不意打ち、三人と一匹の視線が一気に集う。ルーカスの喉が変な音を立てた。
邪魔者へ向けられる、険しい感情。一触即発の張り詰めた空気。
その全てに、向日葵は一度ずつ目を合わせ。
「……何聞こうと思ったんだっけ」
全員がズッコケた。
「向日葵。悪いこと言わないからちゃんと考えて喋りなさい」
「いや考えてたんだよ。でもこいつらスゲー睨むじゃん、頭真っ白になって……」
「僕もう帰りま――痛い! なんで人形が、髪引っ張らないで!」
「なあ、オイ。共和国の英雄さんよ。コイツら」
「私は何の関係もありません」
『俺も関係ない』
「仲、良いんだね。皆」
「「『お前は一体何が見えてんだ?』」」
よく分からない感想を述べるユーフィリアに全員のツッコミが入る。当のユーフィリアは細めた瞳で頬を少し赤らめ、耳をピョコピョコと揺らしていた。嬉しいのだろうか。
向日葵は頭を掻きながら、改めて四人の英雄共、それぞれに視線を投げる。
「お前らが暴れたら、俺らどころか首都もただじゃ済まないだろ。
相手が必要だってんなら、代われ」
シュバルツとユーフィリアへ向き合い、静かに、両手に短剣を構えた。
背後、少女と獣が息を呑む気配がする。エルフの兄妹は怪訝な表情を浮かべる。
「正気か? お前」
「英雄主義。勢力代表者による一騎討ち。正義は勝者に、死人に口なし」
クソみたいな制度だった。
しかし、単純明快極まる。
シュバルツが鼻で笑う。興味は引けたようだ。向日葵の背後では少女が、あの、だの、えっと、だのと呟いているが無視する。英雄相手に話し合いは無意味。向日葵は既に決め込んでおり、ゆえに話を聞くつもりは無い。
「てめえ、名前は」
「空野向日葵。無所属の中位。――今をときめく、二十歳の乙女ですっ!」
右手の短剣逆手に回しつつ親指付きピース額に乗せテヘペロ笑顔ウインクバチコーン! 右足上げて左手は左膝に前屈み鎖骨見せ上目遣いキメれば大音量の舌打ちが返った。そうだ、精々イラつくといい。己にヘイトが集まる分だけ動きやすくなると、向日葵の覚悟は決まり過ぎておりほぼ全員の敵意を稼ぎまくっていることに気付かない。ちなみに白雪とルーカス以外である。白雪は常の慣れとして、ルーカスは既に諦め始めている。
それに、と。
白い目の中、スッ……、と何事もなかったように姿勢正した向日葵は、一歩を踏む。
「『誰もが幸せでいられる世界』を作るんだ。目の前の不幸は、見過ごせないだろ」
――――――――――
【AIイラスト】
・シュバルツ・ミルフィオーレ/ユーフィリア・ミルフィオーレ
https://kakuyomu.jp/users/hisekirei/news/16817330659111231464
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