第二章 英雄たち(8)
「すごい。出力に、頼らないんですね」
「最高位の英雄連中は、一撃でどーん、だものね」
苦笑しながらも手を動かしディスプレイを叩き続ける白雪に、ルーカスはただ圧倒される。白雪は魔力の大部分を情報処理に費やし、支援を受けた向日葵が、粗雑な使い捨てのナマクラと多少の小細工にて一方的に斬り込む。異常極まる光景だった。魔術師の戦い、その極致とは、大火力による一撃にて敵を消滅せしめるものではなかったか。
「教えてもらったのよ。普段なら罠張ったり、もう少し搦め手重視で行くんだけど」
速く、確実に、効率良く、殺す。二人が振るうのはおそらく、戦術と、かつてそう呼ばれたモノ。平和な魔術世界において、二百年の間に衰退しきった戦いの技術。
「さっきの魔獣は、人だったみたいね」
ルーカスの肩が跳ねる。小さなディスプレイの中で、赤の色が次々と黒く染まっていく。十数体にも及んでいた魔獣も今や残り数体。五十人規模の高位で対処すべき集団暴走は、たった二人の自称中位に鎮圧されつつある。
「向日葵さんと、白雪さんは。その」
「あるわよー。人殺したことくらい」
分からない。分からなかった。向日葵が語った理想。目の前で繰り広げられる容赦のない殺戮。獣殺しも人殺しも厭わない、彼女らの過去。それらがどう繋がっているのか、二人の中でどう繋げているのか。まるで理解ができない。
ルーカスは息を呑む。身の丈に余るのは重々承知。それでも。
「さっき、コンビニから持ってきました。よかったら、どうぞ」
白雪へ差し出したのは『10MCAL』と描かれた、アルミパウチのゼリー飲料。
一瞬手を止めた白雪が、目を丸くし、次いで、小さく吹き出した。
「ありがと。ところで『50MCAL』は無い?」
「『10』でも成人二日分ですよ!? 『50』なんてほぼ需要ありませんよ!」
「最近、アレじゃないとキかなくて……」
「薬じゃないんですけど!? 用法用量守ってますか!?」
クスリのようなものである。イントネーションが違う。世界秩序は既に崩壊しており、末法において守るべき法など無い。甘ゲロ中毒者にはどこまでも都合の良い世界だと、白雪は飲み口を咥え一気に胃へ流し込んだ。やや酩酊する頭、甘ったるい吐息にて、やっぱ薄いなあ、とぼやけばルーカスがもの凄い目で見ているので強いて無視する。
「残りは、二体か。早めに片付いたわね。そろそろ合流ポイントに」
頷くルーカスと共に歩き出そうとした、その時。視界の端に、妙なものが居た。否、居た、と表現して良いのだろうか。ルーカスと、見たまんまに呟く。
「人形、ね」
「人形、ですね」
人を三等身にデフォルメしたような、三十センチ大ほどのお嬢さんだ。可愛らしいフリフリのお洋服を着ている。くりくりとした大きな目を光らせ、短い手足を動かしてよちよちと、歩いて、いる。覗かれていることに気づいてか、首を傾げつつ二人を見上げた。
自立AIでも積んでいるのか。白雪は興味をそそられるが、今はそれどころでは。
危険信号。鳴り響く警告音に意識を引き戻される。情報端末上に観測される、霊力の活性化、霊圧の異常数値。発生源は目の前の人形から、ではなく、遠く。
向日葵の進行方向から。白雪は咄嗟に人形を抱え、叫ぶ。
「霊災、また!? 向日葵!」
声は届いたか。とっさに頭を抱えルーカスも抱き寄せて屈む。目を焼く光と耳をつんざくような高音、次いで爆発。木々が吹き飛び砕ける音が鳴り響き、周囲に表示したディスプレイのいくつかがノイズに覆われて消し飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます