第二章 英雄たち(7)
向日葵の視界に投影されたレーダー、二つの赤い点が迫る。白雪のルート指定から最短距離を突っ切り、そろそろ視界に、捉えた。百メートル先、二体。先程と同じタイプ。
走りつつ懐から黒の円筒、スタングレネードをぶん投げる。頭蓋を揺さぶる閃光と高音は魔術により遮断、短剣を両手に構えつつ走り、硬直する魔獣一体の喉笛を先程と同じように突き潰す。深く刺さった短剣はそのままに捨て置く。
威嚇とばかりに咆える残り一体へ、向日葵は左腕を突き出す。軽く握った拳の上にはポーチから取り出した鉛弾が一つ。親指で軽く押せば弾き出され、術式による誘導に従い魔獣の眼窩に吸い込まれる。直後に爆散し、頭蓋を弾き飛ばした。絶命を確認。
「さて、次は」
レーダーを見る向日葵の、動きが止まる。
遠く、黄色の点が一つ。迫る二つの赤。
『人? かしら。ルーク分かる?』
『警備隊の人かも、この時間なら巡回してるはずです!』
「白雪。優先順位変えるぞ」
『待ってね。最短ルートは……、あー、向日葵、跳べる?』
向日葵の視界内、数本の木を足場に『跳べ』というご案内。
是非もあるまい。短く息を吐き、駆ける。幹を枝を踏み割る勢いで、多段にて蹴りと跳躍を繰り返し、先刻のフィードバックから余程安定した制御で、跳んだ。
青き大空を背負い、目標へ最短直線距離。視界に捉えたのは、左肩を抑え後退る中年の人間男性と、唸りながらにじり寄る大熊。向日葵は落下方向へ姿勢制御、空力、推力生成。空を蹴るが如く速度で突っ込み熊の首を斬り飛ばした。
力を失い斃れる死骸には目もくれず、地面を転がり態勢を立て直せば、もう一体の熊は既に向日葵を捉えていた。奇襲の優位を捨てる愚を犯したが、仕方ないと割り切る。
魔獣の濁った両目にはただ憎き仇の姿だけが揺らめいている。向日葵は口の端を吊り上げた。それを嘲笑と理解したか、魔獣はことさらに咆え猛る。憎悪、憤怒、殺意。噴出するのはそういったモノ。だが実のところ、仲間を殺された怒りなど奴の中には存在しないのだろうと、向日葵は既に理解していた。敢えてソレを言葉にするならば。
――俺を殺そうとする、お前は死ね。
それだけのこと。よく知っていた。
だから向日葵は、ことさらに笑ってみせるのだ。
「お前が死ね。いや――」
そんな無責任なことは言うまい。
短剣を逆手に構え、突き出す。
「俺が殺してやる」
魔獣が突撃する。全体重を乗せた両腕の叩きつけ、受ければ即死。されど視界には既に三秒後の魔獣の動きが予測されている。土を蹴り上げ牽制、勢いを失った腕を踏み跳躍、背中へ袈裟に刃を通し、後ろ手の刺突から刀身を巨大化させ心臓をぶち抜いた。
魔獣は断末魔を上げる間も無く沈む。あれだけ感情を露わにしていた眼に、もう映るものは無い。ほんの、数秒の余生だった。向日葵は特に感慨も無く、息を吐く。
「あんた、助けてくれたのかい」
男性は、瞬く間に二体の魔獣を屠った向日葵へ、呆けた顔を向ける。見知らぬ魔術師に命を救われたことが、心底意外だと言うように。
「そっちから逃げてくれ。ルークが待ってる。俺は次行かないと」
「あ、ああ。ありがとう、英雄さん」
男性の背を見送り、向日葵は再び走り出す。白雪が通信にて呟いた。
『英雄って、何だろうね』
「崩天霊災最大の被害者、だろ」
違いない、と返す白雪から追加の注文が入る。まだまだ先は長い。
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