第二章 英雄たち(5)

「一度目の崩天霊災。五年前に観測された異常霊圧を、アレはとうに超えている」


 世界の終わりは、すぐそこまで来ている。


 一度目の崩壊を、間近に見届けた国家元首は、そう嘯く。


 ゆっくりと、視線を流して、コンビニの店内へ戻した。伽藍洞になった陳列棚。かつてあった繁栄と秩序。全ての終焉を予見する、先進社会の名残を。


「全く、かつての魔術主義グロリアが、何をどうしてこうなったのやら。まあ君らは、帝国やら、英雄主義ハイロウのクソ共とは、違うようだけどね。

 とはいえ、私も一国の主だ。念のため、ちょっとばかし、身分証明と行こうか」


 顎でついと指したのは、ルーカスの手の内にある折り鶴。


「中々、興味深い内容だったよ。まずはそちらから、話してもらおうじゃないか」


 値踏みするように細められる瞳と、薄く張り付けた笑み。


 代表の肩書は伊達ではないな、と向日葵は気を入れ直し。


「……俺、何書いたっけ」


 全員がズッコケた。


「ねえ、白雪覚えてる?」

「知らないわよ、紙飛行機はアンタが勝手に出したんじゃない」

「ねえねえねえ、ちょっとルーク? こいつらもしかしてキチガ」

「僕案内も終わったんで仕事に戻りま――離して! 離してください!」

「誰が逃がすか! アンタは護衛に残りんしゃい、こんな危険人物置いていく気か!?」

「危険ですけど馬鹿だから大丈夫ですって!」

「余計にヤバいじゃんかふざけんな!」

「なあ白雪。俺たち今結構酷いこと言われてる?」

「鏡貸してあげるわよ。あといつものことじゃない」


 アマリリスが飛ばした粘液に纏わりつかれ、暴れるルーカスを尻目に向日葵は鏡を見ながら前髪など整えていた。傍らで白雪が甘ゲロを飲み始めれば地獄絵図に違いない。


「いや、ちょっと君らさ。マジで覚えてないん?」

「と、言われてもなあ」


 半目になったアマリリスに、向日葵は腕組み顎に手を当て、目を瞑り首を傾げる。うーん、と唸る様は完全にボケていた。冗談ではなく、冗談では済まない。


 紙飛行機を飛ばして遊んだのは覚えている。ほぼ遊びのつもりであった。童心に帰ったようで楽しかった。そして中身を忘れた。楽しかったのだ。


 でも、まあ、しかし。


 ただ一つ、己が書きそうなことには、心当たりがあった。


「『誰もが幸せでいられる世界』を作る」


 言葉に、反応は三者三様だった。


 小さな息を吐く、白雪。


 目を丸くする、ルーカス。


 笑みを濃くする、アマリリス。


「俺が共和国の代表宛に書くとするなら、それしかない」

「馬鹿言ってんじゃないわよ」


 白雪が、デコピンを軽く弾いた。


 いて、と額をさする向日葵へ目を眇め、


「叶うわけないじゃない。そんな世界」

「叶うさ。いや、叶えてみせる」


 だって。


「俺は、救われたからな」


 何の疑いもない、真っ直ぐな笑顔に、白雪は閉口する。


 後に、長く吐き出された溜め息は、納得か、あるいは諦観か。


 アマリリスは組んだ膝に頬杖を突き、口角を上げて目を細める。


「ふうん。そう言い切れるんだ?」


 問えば向日葵は平然と、当たり前のように頷くから、アマリリスは吹き出した。始めは喉を鳴らしてクックッと、次に息を漏らして、最後は額に手を当て声を上げ、背を逸らしての大笑い。お手本のような三段笑いを、心底の愉快も隠さず響かせる。


「あー、おっかし。良いよ、忘れてなお出てくるのなら、信じようじゃないか。

 正確には『誰もが幸せでいられる世界を作る。手を貸せ』だったけどね」


 アマリリスに顎で指され、ルーカスは折り鶴を丁寧に開いていく。たった一文、誤解の余地もなく単純明快な。想いを乗せて、海を越えた。


 メール魔術でも、郵便屋他力本願でもない、手書きの紙飛行機。


「最近よく聞くんだけどさ。流行ってんの? ソレ」

「共和国の代表が言うのか?」

「だからこそだよ。自明の大法螺を、それでも吹ける腐った根性を見習いたくてね」


 アマリリスは脚を組み替え、両腰の横に手を置く。


「旧魔術主義の代表が、話を聞こうじゃないか。身の程知らずの偽善者さん?」


 蔑みと、期待を含む視線に、向日葵が頷いた、瞬間。


 耳をつんざく警報が、街中に鳴り響いた。






――――――――――

【AIイラスト】

・アマリリス・トワイライト

https://kakuyomu.jp/users/hisekirei/news/16817330659030328890





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る