第二章 英雄たち(4)

 ルーカスはさすがにハーフリング。小柄な体躯でちょこちょこと、器用に密林を抜けていくのは、向日葵と白雪がついていくのに苦労するほどだった。時折振り返りつつ、こちらを気にしてくれる小さな頼もしい背中へ、二人は声を掛ける。


「神域に挑むような奴、まだ居るんだな」

「もうほとんど来ませんよ。来ても、居た証拠が残らないですし」

「ルークは、共和国の警備隊か何かなの?」

「ええ、これでも高位の魔術師なんで。お二人は?」

「中位だな」

「私も中位」


 ええ? とルーカスは足を止め、振り返る。


「僕より、出力低いんですか?」

「んまあ。普通に人並みか?」

「それじゃあ、さっき魔術を打ち消したのは」

「魔力と術式の経路切っただけよ。最高位の英雄連中みたいな力業じゃないわ」

「そんなことが……。いや、待ってください。え、じゃあ魔獣に襲われたら」

「普通は死ぬよなあ。だからあんな場所選んで来たんだけど」


 ルーカスは呆けた顔で、斜め上を眺めて、俯いて、首を傾げて。


「色々まとめて言いますけど、あなたたち、馬鹿なんですね……」

「オイオイオイ白雪。やっぱコイツすげーよ」

「馬鹿呼ばわりはいつもだけど、面と向かって言われるのは中々無いわね……」

「え、ちょっと止めてくださいね。自殺なら見てないところでお願いします。できれば魔獣に食われる以外でお願いします。強くなるし」

「見てたら助けてくれる人の好さは分かるんだが、うーん……」


 なおルーカスなりの冗談であった。魔獣が獲物を喰らうほど強くなるなどと、そんな与太話は、後にも先にもただ一つしか存在しない。共和国民なら、誰もが知っている。


「『神域のウロボロス』。『魔術王グロリオサス・トワイライト』最期の英雄譚ね」

「『喰らった者の全能を己の一部とし、無限に成長を続けるバケモノ』に、それをたった一人、命と引き換えに討伐した『人命資本魔術主義を作り上げた英雄』って、さすがに誇張し過ぎじゃないか?」

「割と事実ですよ。魔術王は言うまでもなく、ウロボロスだって、たった一体で神域、崩天霊災直後の工房を全て蹂躙したんですから。もしアレが外へと出ていたら、一体、どれだけの被害が出ていたことか」

「その後に、英雄同士が戦争おっぱじめるのと、どっちがマシだったんだろうな」


 向日葵の一言に、押し黙ってしまったルーカスへ、冗談だと苦笑する。


 などと親交を深める内に、草木がへばりつく防壁が見えてきた。森を抜け、検問に軽く挨拶をし、門をくぐれば、景色はすぐに様変わりする。軽く頑丈な合成建材の家屋、コンクリートに舗装された道路。近代的な街並みはしかし薄汚れ、歩道には亀裂が走る。


 共和国。未だ癒えぬ破壊の傷跡は、この国の窮状を如実に表していた。


 向日葵と白雪はお上りさんのごとく、あちこちを見回しながら街道を行く。道路脇ではエルフとドワーフの技術者が地面を掘り返し、割れた水道管の修繕をしている。他にも多種多様な、姿形の違う人々が、慎ましい平穏を守るべく力を合わせていた。


「代表は、あそこのコンビニで待ってるそうです」

「何故にコンビニなんだ?」

「行きつけで、よく駄弁ってるんですよ」

「慕われてるのね。良いことじゃない」


 敢えて良い意味に取る白雪に、ルーカスは苦笑しながら開けっ放しの自動ドアへ向かう。ほぼ空の商品棚ばかりが並ぶ、無人販売所と化した店内を指差して、


「ちょっと待ってくださいね。今呼んできますんで」

「あー、いいよ。そのまま入っておいで」


 幼い少女の声と共に、ルーカスの額へ、こつんと折り鶴が当たった。


 慌てつつも鶴を受け止めるルーカスに続き、向日葵と白雪は店内に入る。


 店のレジカウンターに、人間なら十歳ほどの幼女が腰かけていた。腰まで届く暁色の長髪を、アクセントに頭の左右で一房ずつ括っている。肩を出す和装風の衣服は可愛らしいものだが、しかし、雑に羽織ったダボダボの白衣と、向日葵たちへ向ける視線が妙に擦り切れている。幼い容姿とは、まるでちぐはぐな印象を受けた。


 おそらく人間では無いだろう。その予想はすぐに当たる。


 幼女がゆるゆると挙げた右手が、どろりと、橙色の粘液と化して溶け落ちた。


「スライムか」

「人間とのハーフだよ。全部は溶けられないんだ」

「ハーフは、珍しいわね」

「珍しいだけで、良いことも悪いこともないけどね」


 溶けた手を元に戻したスライムハーフの幼女は、さて、と細い脚を組む。


「共和国代表、アマリリス・トワイライトだよ。ようこそ、輝かしき人命資本魔術主義の中心地へ。歓迎しよう。海の向こうから紙飛行機飛ばしてきた、お馬鹿さん」


 両手を広げ、冗談めかして片目を瞑る幼女、アマリリス。


 向日葵と白雪は自己紹介も程ほどに、質問を投げる。


「魔術王に、娘がいたのか」

「グロリオサス・トワイライトは義父だよ。私は養子」

「魔術世界を作り上げた共和国の英雄が、おっ死んで娘に丸投げってわけね」

「そうそう。苦労してるんだよー」


 はははー、と笑うアマリリスは、声にも顔にも力が無い。薄いクマが浮いた目元を細め、レジ上のディスプレイ、そこに流れるニュースを見る。


『我々帝国が、第二次崩天霊災を阻止し、世界の主導権を握る』


 列強たる世界第二位国、帝国の代表が、一ヶ月前に出した声明である。


 すなわち。アマリリスは心底気に入らないと、口元を歪める。


共和国ひとんちを舞台に、世界は英雄けしかけて覇権争い中さ。新秩序『連盟共産英雄主義ステイシス・ハイロウ』なんて、御大層な大義名分を掲げてね」

「それで、他国の魔術師連中が我が物顔で行ったり来たりってわけね」

「勝手に行って帰ってこないからマシだけどね。どっかで敗走した英雄崩れ共だし」

「列強含め、言い出しっぺの帝国が、未だに動いてないってのが一番笑えるな」

「そろそろ来るんじゃないか、って警戒してるんだけどね。だって」


 アマリリスは店の外へ顔を向ける。


 遠く大陸の東端、神域を貫く光の柱を見るように。


「一度目の崩天霊災。五年前に観測された異常霊圧を、アレはとうに超えている」










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