第二章 英雄たち(3)

『――止まってください。こちらにはそこを爆破する用意があります』


 声に、歩みを止めた。


 若い少年だろうか。拡声された響きだけでは判然とせず、姿も見えない。


 ただ一つ明確なのは、誤解しようのない、警告。攻撃意志。二人の周囲、断崖に張り巡らされた爆破術式と、解放を待つ膨大な魔力反応。


 向日葵と白雪は、一度視線を交わし、揃って両手を挙げる。しばしそのまま待てば、やや緊張を孕んだ声が、再び届いた。


『帝国の魔術師、あるいは英雄でしょうか。神域に用があると言うなら、止めません。ですが方向が違います。もし、我々の首都に向かうつもりなら』


 帝国、か。そう言いたくなる事情は理解しつつ、向日葵は声を返す。


「用があるのは確かに首都だが、危害を加えるつもりは無いぞ」

『騙されませんよ。あなたたちは既に共和国の法を犯しています』


 自信を持った言葉に、向日葵と白雪は首を傾げる。


『とぼけても、無駄です。こちらは証拠も掴んでいるんです』


 何だそれは、と二人は眉根を寄せ。


 果たして、次に聞こえてきた『証拠』とは。


『なんか出る! ダメなの出ちゃう! メスになっちゃううううう!』

『うるさい黙れ暴れるな無駄な抵抗すんな! 締め落としてやろうかしら!?』


 どっかで聞いたような。


 女二人の嬌声と怒声であった。


『国内での拉致監禁、および婦女暴行! 許されることではありません!』


 義憤に張り上げられる声に。


 二人はしばし、悩み、顔を見合わせ。


「どうする。エロマンガみたいなところだけ拾われちゃったぞ」

「偏向報道の闇を見たわね。よくある手口だわ」

「ちなみに『メスになる』の下り、アレ被害者が女だと決めつけていいもんかね」

「私も少し引っかかったけど、被害者アンタがそれ言うの?」

『ちょっと! 話を逸らさないでください!』


 一ミリも逸れていない本題直球ド真ん中であるがツッコむのは野暮だと二人は心中にて合意した。以心伝心などお手の物である。きっと根が真面目なのだろう声の主には一ミリも伝わらない。悲しきディスコミュニケーションであった。


 ゆえに。


「白雪」

「もう終わったわ」

『えっ?』


 とりあえず――実力行使である。


 白雪が踵で地面を軽く蹴る。瞬間に爆破術式が全てダウンした。魔力反応の消失に困惑する声の下へ既に向日葵は走り出している。真っ直ぐ森へと突っ込み迷わず茂みを駆け抜け、大樹の根元に身を隠していた人影の、首根っこを引っ掴み放り投げた。


「白雪、パス!」

「オーライ、ナイッショー」

「ええっ、ちょ、うわあっ!?」


 白雪が抱き留め、流れるように押し倒し拘束したのは、小さな子供だった。


 人間ならば、十歳そこらといったところ。肩をくすぐる灰色の髪に、くりっとした大きな緑色の瞳。あどけなさを残した丸い顔の輪郭は、苦悶と困惑に歪んでいる。身長は立ち上がれば向日葵と白雪の胸辺り、おおよそ一四〇センチ前後か。動きやすさを重視した白の半袖シャツと黒のハーフパンツに、森歩き用だろう深緑の外套を羽織る。


 人間ではなかった。


 本来耳がある箇所からは、ふさふさの毛に包まれた、垂れ耳が伸びている。


「ハーフリングか」


 枝葉をかき分けて戻て来た向日葵へ、白雪は頷く。足元へ再び視線を落とし、


「女の子?」

「俺は男の娘に一票」

「男ですよ! 見れば分かるでしょう!? あとなんかイントネーションおかしい!」

「「分からないから悩んでるんだよなあ」」


 少年は愕然と目を口を開き、静かに項垂れた。


「ううっ、そうですよ。どうせ同族からも『お前は特によく分かんねえな……』って言われますよ! 昔っから変な趣味の人にばっかり言い寄られますよお!」

「うん、苦労してるのはよく分かった」

「悪い子じゃないわね。ほら、離してあげるから泣き止みなさい」


 拘束を解き、手を差し出す白雪に、少年は目を丸くする。


「僕、メスにされなくて済むんですか……?」

「しないから、安心なさい」

「いや別にされたいってならやぶさかでも」


 白雪のフックが向日葵の顎を揺らし昏倒させた。『う』の字に倒れて痙攣するのを無視し、白雪は、驚愕に呆けている少年の手を引き立たせ、改めて向き合う。


「私は空野白雪。その馬鹿は向日葵。よろしくね」

「あ、はい。僕はルーカスです。ルーカス・オーディナル。あなたたちは、ええと」

「敵対、する意志は、ないぞ。マジで首都に、用がある」


 地に手足を突き、膝と腰をガクガク揺らしながら、なんとか立ち上がろうと四苦八苦する馬鹿を尻目に、白雪が続ける。


「別に、あなたが戦いたいって言うなら付き合うけど。でも、そのつもりがないなら、その魔術は使わないでくれると嬉しいかな?」


 ルーカスは目を見開き、息を呑んだ。


「気付いて、たんですか」

「まあ、慣れてるというか、なんというかね」

「自爆覚悟とか、良い根性してるよお前」


 少年の手元で起動を待つ魔術は、周囲の爆破術ごとこの場を吹き飛ばすモノだろう。互いに無事では済むまい。看破されたルーカスは、恐る恐ると、二人へ向き合う。


「あなたたちは、本当に……?」

「今さら、共和国を直接攻める理由なんてないでしょう?」

「それは、そうですけど。じゃあ、通報のあった悲鳴は?」


 痛い所を突かれ、向日葵と白雪は、無表情で顔を見合わせた。


 悲しきすれ違い、誤解を解消するべく、百聞は一見に如かずということで、先ほどのやり取りを始めから再現した結果、非常に微妙な空気になったことは割愛する。


 とても味のある、半目を向けるルーカスに、向日葵はそれはそれとして、と。


「連絡届いてないか? 代表宛にメールと郵便屋と紙飛行機で飛ばしてるんだけど」

「どれか一つでも届くと思ったんですか?」

「思いは込めたんで……」

「だけで済めば苦労しませんよ! はああ、一応確認しますけど……」


 馬鹿へもっともなツッコミを入れつつ、それはそれとしてちゃんと首都宛に連絡を取ってくれているらしいルーカスはとても真面目な子であった。役所の受付とかやらせたら、真摯に対応し過ぎて苦労するタイプである。時には冷徹に、適当に受け流した方が良い厄介な客もいるのだ。この場合は向日葵と白雪のことである。


「二日前に、紙飛行機が届いてたらしいです」

「ふむ。やっぱ一番自信無いヤツほど通るのはマジだな」

「そういう問題なんですか?」

「僅かな望みでも、思えば通じるものね……」

「本当にそういう問題なんですか?」


 分からない。適当に言っている。ルーカスもようやく二人のポンコツ具合を察し始めたのか、一々ツッコむのは無駄と諦めた様子で、息を吐き肩を落とした。


「ついてきてください。首都まで案内します」

「おう、ありがとうルーカス。ええと、ルークって呼んでいい?」

「なぜ急に距離を? いや別にいいですけど、基本そう呼ばれてるので」

「改めてよろしくね、ルカちゃん」

「話聞いてました!? 許可取った意味は!? 距離感どうなってるんです!?」


 分からない。人付き合いはノリと勢いだと思っている。


 要するにコミュ力が低かった。






――――――――――

【AIイラスト】

・ルーカス・オーディナル

https://kakuyomu.jp/users/hisekirei/news/16817330658996665172





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