第二章 英雄たち(2)

「よしソレ採用」

「えっ」


 向日葵が問い返す間もなく、白雪は据わった目で立ち上がる。バックパックとボストンバッグをまとめて背負い、さらに向日葵を一息に抱き上げる。


 お姫様抱っこである。


「えと、あの、ちょっと、白雪さん?」

WODオッドは動く。経路想定、一発で跳ぶのは不安定、効率も悪いわね。太い枝を経由しながら多段で、霊力の影響を受けないよう短時間かつ出力は高めに」


 白雪の胸元では、首から提げられた小さな青いひし形の水晶体、魔力結晶が淡く輝き、術式を起動していく。魔術統合端末Wiz Organization Device、WODを通して次々に展開される仮想ディスプレイ群に向日葵は、ひいい、と目を見開き、


「待って!? 冗談、冗談だからストップ! もしかして酔ってます!?」

「冗談にしては良案ね。酔ってないわ。ちゃんと捕まらないと落ちるわよ?」


 はい、と大人しく白雪の首に腕を回す。白雪は丸くなった向日葵の背中と膝裏をがっちりホールド。頭上、高くそびえ立つ大樹と、その先に開かれた青の色を見据える。


「経路確定。出力開始――安定。霊圧影響中。全術式待機コードセット

「白雪。優しくしてね?」

「善処するわあ。術式起動」


 跳んだ。


 いぃぃやあああ――と向日葵の絶叫が尾を引き景色が上へ高速に過ぎ去る。白雪は躊躇なく淡々と、幹を枝を踏み砕く勢いで跳躍を繰り返し、五秒と掛けず緑の地獄から、遥か広がる青の世界へと躍り出た。


「なんか出る! ダメなの出ちゃう! メスになっちゃううううう!」

「うるさい黙れ暴れるな無駄な抵抗すんな! 締め落としてやろうかしら!?」

「今のとこだけ切り取ると凌辱系エロマンガみたいぃぃぃぃ!」

「アンタ実は結構余裕あるでしょう」


 割と大丈夫だった。白雪に抱きついているお陰であった。暴れているように見せかけて空中での姿勢制御に一役買い、何なら周囲の警戒と地形把握まで進めている。


 どこまでも青く、晴れた夏の空だった。


 高く積み上がるまばらな雲間を、遠く、一条の飛行雲が貫くように走る。その先には、箒に跨る有翼の人影が小さく見えた。宙を舞う向日葵と白雪に気付いてか、慌てて引き返そうとする様子が見えるが、既にこちらは降下へと移行している。


 眼下には三、四十メートルを超える巨大樹の密林が、どこまでも広がっていた。その一角に、高く張り出し開けた断崖を見つける。白雪は方向転換と推力調整、および空力制御を進め、ゆっくりと地に降りた。向日葵は荷物と共に降ろされながら、


「あの箒型の魔装、良いよなあ。アレなら飛ぶのも楽なのに」

「高霊圧下での飛行まで想定した航空魔術の塊よ。貸してもくれないわ」


 だよなあ、と息を吐き、北へと視線を向けた。森を超えた先には、迫る木々を城壁にて押し留める、人工都市が見えた。中央に高いビル群が立ち並ぶ近代都市は、しかし、遠目にも多くの建築物が薄汚れ、寂れているのが認められた。


「共和国の首都だな。やっと見えてきた」

人命資本魔術主義ウィザーズ・グロリア。旧体制の中心地も、落ちぶれたものね」

「言ってやるなよ。亡国寸前でも頑張って生き残ってんだ」

「アンタがトドメ刺してるのよ……」

「それどっちの意味?」

「自覚あるなら全部よ」

「ままならんなあ。んで、アレが」


 次に目を向けた、首都から遥か東の方角。遠視を起動し視界を拡大すれば、森の向こうに廃墟と化した街があり、さらに先には、白銀の荒野が広がっていた。


 街を無理矢理円形に抉り取ったような、不自然な形の更地だ。遠く、この大陸の東沿岸付近まで続いている。地面に降り積もるのは雪に酷似した白い粒で、黒い雲が影を落とし、領域内を覆い尽くしていた。


 白と黒に塗り潰された、廃墟と荒野。


 その中央部。


 光の柱が、天を貫いていた。


 直径、三百メートルに迫る巨大な円柱だ。大気圏さえ貫く程の威容が、白い大地と黒い大空を繋いでいる。さながら、神話の世界樹のごとく。高高度からは光が枝葉のように空へ広がり、暗い雪原を淡く照らしている。


「神域。アメノミハシラ、か。旧工房跡地が大層な名前で、と思ったが」

「アレが二度目の大霊災になるって言うなら、納得するしかないわね。色々と」

「今まで中に入った奴、一人も戻ってないってな」

「霊界……、異界化でも起きてるのかしらね。内部はもう別世界かも」


 まさかなあ、と向日葵の言葉は、半ばヤケクソ気味だ。


 魔術によって拡大された向日葵の視界が、繰り返し明滅する。白雪は幾枚もディスプレイを展開し観測を試みるが、あらゆる表示や数値が狂い、ノイズを走らせている。


「馬鹿げた高霊圧ね。あの柱、どれだけの霊力を圧縮してるのかしら」

「それがぶちまけられたら、まず魔術インフラは完全に沈黙するとして」

「小中規模の霊災と、異常気象の頻発。魔獣の大規模発生による混乱は止めようがないでしょうね。人が生き延びるのは、奇跡に近いわ」


 世界の終わり、とは言わなかった。


 言うまでもなかった。


「最初の崩壊、崩天霊災からもう五年になるのか。まあ、よくもった方だよな」

「何諦めてんのよ。アンタが止めに行くって言ったんでしょうが」

「止めたら、世界の王になれるんだっけ?」

「馬鹿言ってんじゃないわよ……」


 冗談冗談、と向日葵は手を振り、白雪の半目に苦笑する。


 次いで目を向けたのは、共和国首都。


 今にも森に飲まれようとする都市へ。


「近くに元凶が居るはずだ。止めるべきは、アメノミハシラじゃない」


 確信を持って語られる言葉に、白雪は、そうね、と頷く。


「崩天霊災も、人為に決まってるのよ。霊力に干渉するのが、霊術である以上はね」

「共和国に英雄が居ないって話も、狂言もいいとこだよな」


 気が重い、と二人は肩を落としつつ、傍らに置いた荷物をそれぞれ抱え直す。向かう先は北、首都だ。先ほどの跳躍中に割り出したルートから、森に足を踏み入れようとし、


『――止まってください。こちらにはそこを爆破する用意があります』


 声に、歩みを止めた。











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