第一章 願い(8)
「本気で救いたいなら、願うといい。お前の内を通して、世界へ。お前がお前を救うために、他人を喰い殺して生き延びるために、その『力』を得たように」
何を、と。
獣の問いに、男は取り合わない。
「世界にゃ、霊力っつーもんが溢れてる。要は『誰のものでもない魔力』だな。非活性魔力と言い換えてもいい。普通はまあ、干渉もできねえし、気圧みたいに流動して魔術行使に影響が出る程度で、さほど益も害もないもんだが、一つだけ例外がある。
自分の魔力を通すことで、空間を満たす無尽蔵の霊力へ、接続できる可能性がある」
淡々と、狂った言葉の数々が、叩きつけられる。
「魔術なんて比較にならねえ。常識も法則も完全無視。何なら世界の在り様さえ根底から覆すことができる。あまりにも馬鹿げた、傍若無人で、クソったれな奇跡。
それを一部の界隈じゃあ『霊術』と呼んでる」
男は言う。
救い。滅び。どちらにでもなる力。
あの日、この世界が壊れたように。
あるいは。
「そこのガキが、お前を救ったように」
あまりにも現実離れして、垂れ流される馬鹿げた話に。
「言うてまあ、お前はさっきみたく、自爆するのがオチだろうが」
選択肢など、あるはずもなかった。
獣は全身に渾身を込める。ただでさえ残り少ない血が噴き出すが構わない。それでもなお動かない役立たずの四肢をどうにか引き摺って、少女に寄り添う。
唯一残された、動く部位。
顎で、少女の右腕に喰らいつく。
柔らかく傷だらけの、熱を失っていく、小さなその手へ。
「そうか。なら精々、必死に願え。心の底から、真摯にな」
何を、願う。獣は考える。決まっている、コイツの、少女の救い以外に願うものなど無い。だがどうする。救われてください? 幸せに生きてください? なんだそれは。どこの誰が叶えてくれるというのだ。どんな形で叶えてくれるというのだ。
無責任にも、他力本願にも、程がある。
反吐が出る。
『願ってなんか、やらねえよ。コイツは、俺が救う』
ほう、という男の声を獣は強いて無視した。
少女は救われない。分かっている。今この場で、仮に命を繋ぎ留めたとして、同じことだ。どうせまた、同じように誰かを救おうとして、傷ついて、何も成せないままに死んでいく。救う価値もない有象無象のために。自分のためにしか生きられない、獣のために。
『誰もが幸せでいられる世界』を、願い続けて。
きっと永遠に、救われない。
だったら。
本当の意味で、少女を救いたいと思うのなら。
馬鹿な獣には、一つしか、方法は思いつかなかった。
『俺は、お前の願いを壊す』
いつか、少女へ告げた、獣の願い。
けれど、違う。
『もう二度と、その手を差し伸べられないように。
もう二度と、お前が傷つかなくて済むように』
顎に、なけなしの力を込める。
小さな手に、牙を突き立てる。
『お前の願いを、俺に寄こせ。欠片も残さず、全て』
その理想を、喰らい尽くすと。
己の意志を、己の願いを。
『俺が、叶えてやる』
自分自身に、誓った。
「これは、驚いた」
光が収まった後。男、隻腕となった有角は、感嘆の息を吐く。
「世界をぶっ壊した大霊災。爆心地となった地獄の底に、何もかもを喰らい尽くすバケモノと、ソイツを飼い慣らすバケモノの、二匹」
――否。
「ただの生存者が二人、か」
目の前、血溜まりに沈む『ソレら』を、眺め。
傍らに突き立てた大剣へと、疲れ切った身体を預ける。
「『誰もが幸せでいられる世界』ねえ。我ながら、大法螺吹いたと思ったが」
見上げるのは、どこまでも黒い空。破壊し尽くされ、焼き尽くされた工房を、また覆い隠すように、白い雪モドキを降り散らせる、地獄の蓋。
だが。
「コイツは、もしかするかも知れねえぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます