第161話 食べよう
アヴィー先生でさえ、そうなのだ。エルフ族よりも国から出ない竜族等、それは脅威以外の何者でもない。
ドラゴンなのだぞ。空を飛ぶのだぞ。ドラゴンブレスなど吐かれたら、一溜まりもないではないか。
知らない、分からないものは余計に脅威に感じる。そんな恐怖の気持ちや保身などが重なって、余計に頑なになっていたのかも知れない。
それだけではない。2層3層を襲った魔物の件もそうだった。
ヒューマン族は逃げ惑うしかなかった。自分達の街が壊されていくのを、ただ見ているしかなかったのだ。
そのヒューマン族の目の前で、エルフ族はいとも簡単に魔物を討伐した。ヒューマン族達が拍子抜けするほど簡単にだ。
見上げるほど大きな魔物を、剣を一振りするだけで倒していく。
当然だ。普段から大森林で超大型などの魔物を相手にしているんだ。その上、あの時魔物を討伐していたのは、エルフ族の最強の5戦士だった。強くて当然なんだ。
その後、街を復興する為にエルフ族の皇子がやって来た。そう、フィーリス第2皇子だ。
言わずもがな、ハルのお友達だ。だが、このフィーリス第2皇子は天才だった。
ヒューマン族の知らない、見た事もない器具を使い街を測量していった。
「これは駄目だぞぅ。こんな街は土台から作り直さないと駄目なのだぞぅ」
等と言いながら、街の問題点を上げていった。残っている建物を温存しながらも、街の改造をした。
実際、あれからは上下水道が完備され、魔力量の少ないヒューマン族でも蛇口を捻ると温水が出るようになった。これはメイド達が飛び上がって喜んだそうだ。
街の匂いが無くなった。街に緑が増えた。街の中を水路が通され、常に清潔な水が流れるようになった。
この様変わりは何だ? 何をどうしたらこうなるんだ?
工事中にはエルフ族だけでなく、ドワーフ族やドラゴン族までやって来た。
それを仕切っていたのがエルフ族だ。
あの空を我が物顔で飛ぶドラゴンでさえ、エルフ族の指示に従っている。
その一部始終を、貴族達は見ていたのだ。手伝う事もせずに。
こんな事が出来るなんてと、ただ驚いていた。その気持ちが収まると今度は危惧しだした。
このままエルフ族に、支配されるのではないかと勘繰り出したんだ。
なのに、復興の工事が終わるとアッサリとエルフ族は撤収して行った。他の種族もそうだ。
何かを要求する訳でもなく、邪推していた貴族達があっけに取られるほどアッサリと帰って行ったんだ。
それもエルフ族にとっては当然の事なのだ。復興だから手を貸した。だが、エルフ族にとってアンスティノス大公国はとても住み難い国だったんだ。
なにしろ、大森林の最奥に暮らしている種族だ。この国は緑が少なすぎる。空気が違う。何もかもが違いすぎる。
エルフ族には息苦しく感じるんだ。その国に何十年も住んでいたアヴィー先生を、尊敬の眼差しで見ていた程だ。
そんな貴族達にとって、協定の加入は脅威以外の何物でもなかった。加入したら、そのままこの国は支配下に置かれるのではないかと、またここでも危惧したんだ。
力のない種族だからこその保身なのか。それとも、自分達の立場を守る為のものなのか。
「かえれ、こりぇうめーじょ」
呑気な声を上げたのはハルだ。ほんのりとピンク色したほっぺを膨らませて、モグモグとお口をいっぱいにして食べている。
ふんわりとしたグリーンブロンドの髪、少し垂れ目気味のバンビアイ。ぷくぷくの幼児体形。どこからどう見ても超可愛らしいちびっ子だ。
まだ舌っ足らずな喋り方も、また可愛い。
なのに、そのちびっ子がメインに事を進めていた。
アヴィー先生でも、長老でもなく、ちびっ子のハルがだ。
それも楽しそうにお歌を歌ったりしながら、精霊獣達と戯れていた。思い出しただけで、頬が緩む可愛さだ。
貴族達の邪推など、恥ずかしくなる程だった。自分達は、何を考えていたのだと反省したらしい。
「長老殿、皆様、私のご無礼をお許し頂けますか?」
最初に突っかかってきた侯爵が切り出した。しかも、頭を下げている。
「理解して頂けたのなら、それで良いのですぞ」
「長老殿、誠に申し訳ない事を致しました」
「ふふふ、良いのよ。良い経験をしたでしょう?」
「アヴィー先生、それはもう! 我が家では語り継いでいきますぞ」
「ハハハ、大袈裟だ」
「いや、長老。私共にとってはそれ程の事だったのです」
周りの貴族達も、その通りだと同意している。普通はヒューマン族には見えない事なのだから、そう思うのも当然なのだろう。
「コハル、良いと思うのだがどうだ?」
「はいなのれす。いいなのれす」
「そうだな」
「長老殿、皆様、本当に良い経験をさせて頂きましたぞ。感謝致します。それに聖獣様。お力を貸して頂き有難うございました」
大公がそう言うと、貴族達は頭を下げた。良い感じに収まったのではないだろうか。
「おっしゃん、おっしゃん」
またハルだ……大公に向かって『おっしゃん』は止めよう。
小さな手に大きなナイフとフォークを持っている。ほっぺについているのは何のソースだ?
「ハル君、私かな?」
「しょうら」
「どうしたのかな?」
「しぇっかく温かいのだしてくりぇてんらから、たべりゅんらじょ」
「んん?」
「アハハハ。ハル、そうだよな」
「りひと、なんれ笑うんら?」
「いや、ハルの言う通りだ。皆さん、食べましょう。折角温かいものを出してくれているのだから、食べようとハルが言ってます」
おや、リヒトも分かるのだな。いつもは「なんだって?」と、聞き返していたりするのに。
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