第158話 始めるじょ

 緊張した面持ちの大公の額に、コハルがぷにっと手を当てた。

 そして、宰相ももう1度だ。


「お、おお……!!」

「閣下、見えましたか?」

「宰相、見えたぞ……これはなんと……

素晴らしい!」

「そうでしょう? 私も初めて見た時には驚いて言葉が出ませんでした」


 大公の反応に、一緒にいた貴族達が騒ついている。何があるんだ? 何が起こっているんだ?

 もう皆興味津々だ。ただ1人を除いて。

 さっき、ヒューマン族を馬鹿にしているとか何とか話していた侯爵だ。

 そんな事に騙されてなるものかと、腕を組んで黙って見ている。


「じゃあ、コハルちゃん。順にお願いね」

「はいなのれす」


 コハルがふよふよと浮きながら移動する。前から順に貴族達の額にぷにっと手を当てていく。

 その度に、おおー! と、声が上がる。

 それまでは見えていなかった、目の前にある精霊樹。キラキラと光を放ちながら立っている。

 これは一体どういう事なのか? エルフ族はこの様な光景を見ていたのか?

 そんな声も聞こえて来る。

 そして最後に、さっきの侯爵だ。コハルが近付くと、ビクッと体が跳ねている。

 もしかして、怖いのか? コハルが、額に触れる間も、ギュッと目を閉じている。

 その目を恐々開けた。途端に大きく見開いている。


「な、な……何がどうなっているのだ……幻でも見ているのか!?」

「ふふふ、皆様見えたかしら? あれが精霊樹よ。精霊樹には精霊獣が付いているの。その子達を呼び出す為に、一体の精霊獣が一緒にいてくれているのよ。その子を呼び出すわね、いいかしら?」


 アヴィー先生が貴族達を見回す。さっき偉そうに文句を言っていた侯爵まで、目を見開き見ている。

 驚くのはまだ早い。まだ何も始まっていない。


「ハルちゃん、ヒポポを呼び出してくれるかしら?」

「よし、ひぽ」

「ぶもッ」


 と、一鳴きして何もない空間から、突然大きな体で短くて太い6本の足を動かしながらのっそりと出て来た。

 額には、小さな角が3本ある。背中には小さな翼の様なものが2対あり、ヒョコヒョコと動かしている。しかもその短い尻尾の先に、小さな葉っぱが3枚ついている。

 それだけではない。浮いているのだ。

 どう見ても普通ではない。


「い、一体どこから!? 何も無かったではないか!?」

「亜空間よ。ハルちゃんの亜空間から出て来たの」


 そうアヴィー先生が説明をするが、きっと理解できていない。だって、ヒューマン族で亜空間のスキルを持つ者なんて、いないのだから。


「ばーちゃん、しゅしゅめりゅじょ」

「ええ、いいわよ」

「ひぽ、しぇいりぇいじゅうを呼び出してくりぇ」

「ぶも」


 ヒポポがよく見ていろよと、言わんばかりに横目で貴族達を見ながら精霊獣を呼び出す。


「ぶもぉッ」


 ヒポポが一鳴きすると、精霊樹から出てきた小さな精霊獣。ここの精霊獣は亀さんだった。

 ハルちゃんの好きな亀さんだよ。


「おー! かめしゃんら!」

「ほんまや、けど小さいな」

「な、小っしぇーかりゃ、乗りぇねーな」

「アハハハ、ハルちゃんは乗りたいもんなー」

「らって、かえれ。エルヒューレの城にいりゅ亀しゃんは、でけーじょ」

「そうやな。あの亀さんは聖獣やったっけ?」

「ああそうか、城にも亀がいたな」

「リヒト様、あの亀の聖獣様は水神様の使いですよ」

「そうだったな、いつもハルとフィーリス殿下が乗って遊んでるよな」

「ん、おともらちら」

「アハハハ、そうかよ」

「ハル、あの亀さんはもうお爺さんだと聞きましたよ?」

「しょうなんら。らから、早く走ったりできねーんら」

「ハル、亀は元々走れないだろう?」

「え、しょう?」

「そうだよ」


 なんの話をしているんだ。緊張感が全くない。そんな話をしているハルの元に小さな亀の精霊獣がフヨフヨとやってきた。

 エルヒューレの城にいる亀さんは、ハルとフィーリス殿下の2人が乗っても余裕な位に大きい。

 今出て来た精霊獣の亀さんは、ハルの両手に乗る程度の大きさだ。

 甲羅は綺麗な八角模様があり、グリーンゴールドに光っている。その甲羅の中央に、小さな葉っぱで出来た2対の羽があり、ピョコンと出ている短い尻尾の先にも小さな葉っぱが3枚付いている。

 精霊獣の共通仕様だ。背中と尻尾の葉っぱを、ピョコピョコと動かして浮いている。


「もっしもっしかぁめよ、かぁめしゃぁんよぉー」


 出た。そりゃ出てしまう。ハルのお歌。亀さんのお歌は特にお気に入りだ。

 未だにお風呂に入ると、思わず口ずさんでしまう位にお気に入りなんだ。


「ハル、進めるぞ」

「ん、じーちゃん。こはりゅ、ひーりゅしゅりゅじょ」

「お願いなのれす」

「よし、まかしぇりょ。ぴゅりふぃけーしょん、ひーりゅ」


 ハルが小さな手を広げて、そう詠唱すると精霊樹が光に包まれた。

 その光が消えると、精霊樹がより光り出した。


「おおー!」


 と、感嘆している。声が漏れている。

 まだまだこれからだ。


「コハル、植えておくか?」

「はいなのれす。沢山植えておくなのれす」


 コハルが何処からか、りんごの形をしたクリスタルの様な実を取り出していく。

 フワリとコハルの手から浮いて、地面に吸い込まれて行く。


「どんどん植えるなのれす」


 コハルが次から次へと取り出し、植えて行く。それはもう幻想的な光景だった。

 貴族達は何も理解できないでいる。何処から出しているのか、何故子リスのコハルが浮いているのか、如何して地面に吸い込まれて行くのか。

 何もかも初めて見る事で、驚きを通り越して声も出ない様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る