第156話 エルフ族は脅威か?

「でも、あたちがダメだと思ったらダメなのれす」


 コハルさん、それでは意味が分からない。


「今回、見学する貴族達をコハルちゃんが見て、この人は駄目だと思ったらその人の今日の記憶を消させてもらうわ。悪いけど、それがコハルちゃんの出した条件なの。そんな人は、後にどんな策略を考えるか分からないわ。それを防ぐ為なのよ」

「記憶を消すのですか? そんな事が出来るのですか?」


 大公がそう言うのも無理はない。1人の記憶を消すなど、出来るとは思えない。


「できますぞ。ワシが消させてもらう」

「長老殿が!?」


 コハルは選ぶだけだ。実際に手を下すのはエルフ族の長老だ。


「ワシには出来ないと思われましたかな?」

「いえ、長老殿に出来る出来ないではなく、そんな事が出来るという事自体がにわかには信じがたい事でして」


 魔法が日常ではない国なのだ。使えても生活魔法だ。人の記憶を消すなど、到底信じられる事ではないのだろう。


「出来ますぞ。私だけでなく、アヴィーやリヒトだって出来ます。エルフ族はそう言う種族なのです」


 何もかもが違い過ぎるんだ。それを脅威ととるか、それとも共存する道を選ぶのか。忘れてはいけない、エルフ族は温厚な平和主義な種族だ。


「それが最大限の譲歩なのです」

「そうね、これから私達がする事は、普通ならヒューマン族は見る事が出来ないの。それを、コハルちゃんが見える様にしてくれるの。だからね、コハルちゃんが選んだ人だけなのよ」

「神使様が……」

「そうなのれす。エルフ族に敵対するヒューマン族には協力しないなのれす」


 本当なら、そこまでしてヒューマン族に見せる必要のない事なのだ。だが、ヒューマン族の意識を変えるきっかけになればと、そう考えての事だ。


「分かりました。皆様の好意なのですな」

「そう思ってもらえると、嬉しいわ」

「アヴィー先生、何から何までお世話になってしまいます」

「あら、いいのよ。それで、協定の加入が決まれば私も国に帰れるわ。ハルちゃんと一緒にいたいもの」


 とっても個人的な感情だった。アヴィー先生のハルちゃんラブはブレが無い。

 さすが、ハルちゃんのファンクラブ会員だ。


「皆さんもう集まっているのかしら?」

「はい。別室に集まっております」

「じーちゃん、しぇいりぇいじゅの、場所は分かりゅのか?」

「まあ、大体はな。ハルは、分かるか?」

「分かんねー」

「ハル、ワールドマップだ」

「らって、真っ白白なんら」

「方角は分かるか?」

「ん、あっちら」

「そうだな」


 ハルが城の裏手の方を指差した。

 やはり、中央からは外れた場所にあるらしい。


「長老、先に貴族に会いましょうか?」

「そうだな。コハル、良いか?」

「はいなのれす」


 ハルが何も言わない。コハルが自分から言い出す事など滅多にない事だ。

 だからなのか? それとも、何か考えているのか? コハルと長老に任せているのだろうか?


「りゅしか、ちょっとらけクッキー食べたいじょ」


 どうやらもう小腹が空いたらしい。


「ハル、我慢しましょう」

「ん、しゃーねー」


 ハル、もしかして何も考えていないのか? ハルさんだから、分からないぞ。もしかして、理解していないのか?


「じーちゃん、さっさとやってしまうじょ」

「アハハハ。ハル、そうだな」

「じゃあ、行きましょうか」

「ご案内致します」


 宰相自ら案内してくれるらしい。

 宰相に案内されてやって来たのは、所謂謁見の間だった。

 正面に、大公が座り真紅の絨毯が敷かれている両側に要職に就いている貴族達が並んでいた。

 そこを進む一行。長老に抱っこされているハルがキョトンとしている。

 宰相が皆を紹介し、この後の事を説明した。そして、アヴィー先生に振られる。


「アヴィー先生、お願いします」

「分かったわ。コハルちゃん、お願い」

「はいなのれす」


 いつもの様に、何もない空間からポポンと出て来たコハル。それだけで、どよめきが起こる。


「静かに。アヴィー先生が説明して下さる」


 宰相の一言で、場は静まる。が、貴族達はコハルに注目だ。

 何しろ、何もない空間から突然出て来て、しかも今は空中にフヨフヨと浮いている。それに、見た目は子リスなのに喋っている。

 この生き物は何なのだ? と、いった感じなのだろう。

 アヴィー先生が前に出て説明をする。

 コハルは聖獣で、神使なのだと。すると、1番前にいた貴族が声を上げた。


「そんな馬鹿らしい! アヴィー先生はまたそんな馬鹿げた事で、我々を惑わすおつもりか!」


 ああ、信じていない。信じ難い事は分かるのだが、惑わすとは。


「我々ヒューマン族を馬鹿にするのも大概にして頂きたいですな!」


 明らかに悪意を感じる。

 アヴィー先生が言い返そうとした時だ。


「おっしゃん、なんらって?」


 ハルだ。今まで発言しなかったハルが口を出した。


「なんだ! 失礼だぞ!」

「しちゅれいは、おっしゃんら。ばーちゃんの好意をしょんな風にしか思えねーのか? 見てかりゃ文句がありゅなりゃ言えばいいじょ」

「な、なんだと?」

「頭から否定されるのではなく、これから我々がする事を見てからにされると良いと言っておるのです。信じ難い事でしょうが、百聞は一見にしかずと言うでしょう? それとも、もしや怖いのですかな? 怖気付いておられると?」


 ああ、長老。それでは煽ってしまっているぞ。


「な、な、何を……!」

「侯爵、見てからでも遅くはない。本来なら魔力を大して持たない我々は、見る事が出来ないのですから」


 文句を言って来たのは侯爵らしい。高位貴族だ。アヴィー先生への物言いだと、きっと、協定への加入にも反対しているのだろう。

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