第152話 お風呂

「ちっしぇーな」


 ハルが邸の風呂場の入り口でつぶやいた。もちろん、真っ裸だ。ぷりんぷりんのお尻を出している。


「ハル、ここはアンスティノス大公国だぞ。そんなデカイ風呂はない」

「しょっか」

「おう。風呂に入れるだけマシだ」

「しゃーねー」


 ハルとリヒトは、マルティノ君のお言葉に甘えて風呂に入っている。いつもの様に2人で……ではない。


「あうー」

「ありゅ、ありゃってかりゃらじょ」

「あうあー」

「ハル、俺が抱っこするから洗ってやれるか?」

「おー」

「ゴシゴシしたら駄目だぞ。そーっと優しくな」

「しょーっと」


 ハルは泡だらけの手で、アルセーニくんの体を洗う。

 ハルの小さな手がくすぐったいのか、アルセーニくんはキャッキャと笑っている。

 手足をブンブンと動かしながら。


「ありゅ、じっとしゅりゅんら」

「アハハハ」

「ありゃえねー」

「くすぐったいんだろうよ」

「しょうか?」

「あうー」


 この2人にまだ赤ちゃんのアルセーニくんを任せるとは、何と思い切りの良い事か。不安で仕方ない。


「よし、流しゅじょ」

「ハル、そっとだぞ」

「えー、れきねー」

「俺がやるよ、ほら」


 ハルが持っていた小さな桶で、アルセーニくんの体に湯をかけるリヒト。

 なかなか上手いものだ。


「りひと、じょうじゅらな」

「だろう? 俺は繊細だからな」

「ちげー」

「あんだって?」


 リヒトとハルは真面目にしているのか? ふざけているのか? どっちにしろ、仲が良い。


「ハル、抱っこできるか? 先にハルを洗ってやるよ」

「おー」

「あぶぅ」


 リヒトの腕の中から、ハルへと渡されるアルセーニくん。ああ、怖い。ちゃんと抱っこできるのか? ハルはまだ3歳だぞ。


「いい子らなー」

「しっかり抱っこしとけよ」

「おー」


 リヒトは慣れた手つきで、どんどんハルを洗っていく。丸いフォルムのハルが、もっと丸くて小さなアルセーニくんを抱っこしている。

 自分の両膝に乗せて、両手で支えている。ああ、怖い。落とすんじゃないぞ。


「ありゅ、気持ちいいな」

「あうー」

「ありゃったりゃ、ちゃぷちゃぷしゅりゅかりゃな」

「あうあー」


 分かっているのだろうか? 会話をしているようにも見える。


「ハル、髪洗うぞ」

「おー」


 アワアワだ。ハルは頭も体も泡だらけだ。ちょこんと座って、アルセーニくんを抱っこしているが、この後どうするつもりなのだろう? どうやって、流すんだ?


「よし、流してやるから抱っこ代わろう」

「おー」


 リヒトが片手でヒョイとアルセーニくんを抱き上げ、もう片方の手でハルに湯をかける。

 ハルはギュッと目を瞑り、プクプクした両手で顔を覆う。

 ザバーッと何度も頭から湯をかけられる。大胆だ。


「よし、いいぞ」

「ぷはッ」

「顔洗っとけ」

「おー」


 リヒトは器用に片手で抱っこしながら、自分の体を洗っている。リヒトは意外にも慣れていないか?

 エルフ族はちびっ子が少ないと言っていなかったか? どうして赤ちゃんの扱いに慣れているんだ?


「りひと、背中」

「おう、頼む」


 リヒトからタオルを受け取り、ゴシゴシとリヒトの背中を洗うハル。お尻がプリップリだ。


「りひと、なりぇてねー?」

「何がだ?」

「ちびっ子をふりょに入りぇた事あんのか?」

「ああ、親戚にな。ちびっ子がいたんだ。うちに来た時はいつも俺が風呂に入れてたんだ」

「なんら、しょか」


 だからなのか、ハルと一緒に入るのも最初から躊躇がなかった。

 なのに、何故ハルの言葉が時々分からないのだろう?


「直ぐに俺はガーディアンの仕事が忙しくなって、しばらく会えないうちにでっかくなっていたけどな」


 エルフ族のしばらくとは、ヒューマン族とは単位が違うらしい。

 いくらなんでも、赤ちゃんはそう急には大きくならない。


「よし、入るぞ」

「おー」


 いつもなら、リヒトの膝の上にはハルが座っている。だが、この邸の風呂は大きくも深くもない。

 ハルが自分でしっかり浸かる事ができる程度だ。今日はリヒトの膝には、アルセーニくんがいる。


「ふゅ〜、ちっせーけろ気持ちいいな」

「おう」

「あぶー」


 アルセーニくんも、泣かずにご機嫌良くリヒトに抱かれている。人見知りはしないようだ。

 ハルがピチャピチャと、アルセーニくんにそっと湯をかける。


「ありゅ、気持ちいいか?」

「あうあー」

「しょっか。しっかりちゅかろうな」

「あー」


 会話をしているぞ?


「ハル、何て言ってんだ?」

「分かんねー」

「分からないのかよ!」

「らって、おりぇは赤ちゃんじゃねーかりゃな」

「1番歳が近いぞ?」

「しょっか?」

「そうだよ」


 確かに、200歳オーバーのリヒト達より、アルセーニくんの方が歳は近い。

 0歳児と3歳児、体型だってアルセーニくんの方が近い。

 ぷっくぷくで、丸いフォルムが何とも可愛らしい。

 風呂を出ると、ドライでさっさと乾かし服を着る。そこでも、ハルは世話を焼く。


「服もちっせーな」

「赤ちゃんだからな。ハルと大して変わらないだろう?」

「ちげー」

「そうか?」

「しょうら。おりぇはもう、お兄しゃんらからな」

「アハハハ」


 お風呂に入ってホコホコしたのだろう。アルセーニくんが、ウトウトとし出した。


「あぶ……」

「よしよし、出たりゃベッドにいこうな」


 そう言いながら、リヒトに抱かれているアルセーニくんにトントンとしている。


「ハル、お前自分も服着ろよ」


 まだ裸だったのか?


「おー」

「ほら、手入れろ」

「おー」


 今度はハルの世話をリヒトが焼く。

 リヒトは良いお父さんになりそうだ。

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