第151話 切っ掛け
宰相が言うには、大公も立ち会いたいと言う事だった。それだけではない。
「アヴィー先生方が許可を下さるのなら、高位貴族達にも立ち会わせたいと仰っているのです」
大公は、精霊樹の一連の事をこの国の貴族達にも見せたいのだと言う。それによって、エルフ族が敵ではない事。ヒューマン族にはない力を持っている事。そして、この世界を守っている事を伝えたいのだそうだ。
確かに、この国の貴族達の中には他種族を敵視している者もいる。協定へ加入する事に反対している一部の貴族達がそうだ。
その貴族達に見せて考えを変えさせようという事らしい。
「でもね、普通はヒューマン族に見る事ができないのよ」
「ああ、そうでした」
宰相が肩を落とす。宰相親子が見る事ができたのは、コハルの反則技のお陰なんだ。それを忘れていたらしい。
「コハル、なんとかならんか?」
「見世物ではないなのれす」
「それはそうなんだが……ヒューマン族の意識を変えられるのなら、良い事だと思わんか?」
「んー……そうなのれすか? 今更変わるなのれすか?」
コハルが迷っている。コハルはこの世界の神の神使だ。神はエルフ族には一目を置いている。
決して差別をしている訳ではない。エルフ族は創世期からずっと、この世界を平和に保つ為に力を尽くしているからだ。
この世界に悪影響を及ぼす瘴気。その瘴気が発生する原因の一つに同族同志の争いがある。
例えば約2000年前、ヒューマン族が起こしたハイヒューマンの殲滅。その時にも多くの瘴気が生まれた。その影響でエルヒューレ皇国にある精霊樹付近で発生した『次元の裂け目』に、長老とアヴィー先生の娘とその婚約者が吸い込まれてしまった。
エルフ族がいつも犠牲になっていたんだ。
そんな瘴気を生み出す原因を作るヒューマン族。なのに、瘴気自体を知らないでいる。
これまでの歴史から考えても、エルフ族とヒューマン族の違いは一目瞭然だ。
コハルはだから躊躇する。多くのヒューマン族に知らせても良いのかと。
そんな途方もない力をもつエルフ族を、殲滅しようとしないかと危惧しているんだ。
「こはりゅ、らいじょぶら」
「ハル、大丈夫じゃないなのれす。あたちはハルを守りたいなのれす」
「コハル、見せて万が一悪い反応があった場合、その者達の記憶を消そう」
「長老、そこまでして見せるなのれすか?」
「ああ。本当は、知っている方が良い事だとワシは思うんだ」
目に見えないものでも大切な事がある。自分達が唯一ではない。
この世界を支えている存在がいるのだと、ヒューマン族にも知らせたいのだと長老が言った。
「今までにもその機会はあったなのれす。でも、ヒューマン族は自分達が一番だと同族でさえ殲滅したなのれす。エルフ族をハイヒューマン族の二の舞にはできないなのれす」
「こはりゅ、らいじょぶら。じーちゃんはしゅげーんら。しょれに、えりゅふはしょんなに弱くねーじょ」
「ハル……」
「コハル、ワシに任せてくれんか」
「私もよ。何よりも安全を最優先にするわ」
「分かったなのれす。でも、見せるヒューマンはあたちが選ぶなのれす。それが最大限の譲歩なのれす」
「ああ、それでいい」
こんな事を話している時は、コハルは神使なのだと実感する。いつもはハルと一緒に、ルシカに叱られていたりするのだが。
「長老殿、アヴィー先生、恩に着ます」
「何か切っ掛けが必要なのかも知れないわ。これがその切っ掛けになれば良いと思うのよ」
「アヴィー先生、世話を掛けます」
宰相がアヴィー先生と長老に向かって頭を下げた。
確かに、今まで散々アヴィー先生が説明し説得しても動かなかった貴族達には、何か切っ掛けが必要なのかも知れない。
自分達が知らなかった事、今まで見る事が出来なかった事を目の当たりにすれば、考える事もあるだろう。
そんな期待も込めて、明日は精霊樹や精霊獣と一緒にハル達がやっている事を見せる事になった。
「ハルくん、夕食の前にアルと一緒に風呂でもどうかな?」
「ふりょあんのか!?」
「あるよ。そう大きくはないけどね。何しろ、この国では湯を溜めるのも大変だったんだ」
宰相の息子、マルティノ君が「大変だった」と過去形で話している。
実は、この貴族街を修復する際に、フィーリス殿下の設計で街を根本的に改修していた。その時に、上下水道を引き直したんだ。
「駄目なのだぞぅ。こんなのでは清潔な街とは言えないのだぞぅ! 出来る限りやり直すのだぞぅ!」
と、フィーリス殿下が憤っていた。それ程、この国の上下水道はなっていなかったのだろう。
「これでは、精霊も寄り付かないはずなのだぞぅ」
街の設計をフィーリス殿下が担当した事で、エルフ族が主導して街の景観や施設などを考え直したんだ。お陰で、以前よりずっと緑の多い街になった。
街中の道沿いには街路樹が並んでいる。その樹下には綺麗な花の咲く低木の木も並んで植えられている。
街の中心には大きな噴水がある、その周りにも木が植えられ、その下の用水路には澄んだ水が流れている。
以前の街並みを保ちながらも、自然を感じられるようになった。
各貴族の家には上下水道が引かれ、全部の蛇口に魔道具が設置された。ヒューマン族のような魔力量の少ない者でも使えるような魔道具だ。
それによって、毎日風呂に入る貴族が増えた。蛇口をひねると温水が出るようになったんだ。
今は4層以降の街にも、その魔道具を順次設置しているのだという。エルフ族が介入しなければ、出来なかった事だ。
少しでも、衛生環境が改善されると良いのだが。
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