第147話 エルフの力

 コハルが自分の亜空間から、次々とクリスタルのりんごを取り出す。そして、そのりんごはコハルの手を離れるとフワリフワリと地面へと吸い込まれていく。

 仄かに輝いているようにも見える。ふんわりと優しい光を放っているんだ。


「どんどん植えるなのれす」


 コハルも少し張り切っている。思いのほか、精霊樹の状態が良かった所為もあるのだろう。

 なら、そう張り切って植える必要もないのでは? とも、思うのだが。


「この2層には、ここにしか精霊樹がないんだ。コハル、どんどん植えておくと良いぞ」

「わかったなのれす」


 なるほど、この2層の貴族街にはこの1本しか精霊樹がないらしい。長老はそこまで見ている。


「じーちゃん、しょうなのか?」

「ハル、ワールドマップだ」

「おー、しょうらった」


 ハルちゃん、頑張ろう。コハルが精霊樹の実を植えるそばで、ハルは例のポーズだ。ここでか? 今更見るのか?

 両手を胸にやり、目を閉じている。立っているから、ちょびっと体がユラユラと揺れている。

 目を閉じたまま立っていると、そうなる時もあるね。ハルはまだちびっ子だから。


「アハハハ。ハル、フラフラしてるぞ」

「りひと、しゅうちゅうしてんら」

「そうかよ」


 リヒトとハルは本当の兄弟みたいだ。遠慮がない。それでもリヒトは、ハルが可愛いのだろう。

 目を細めてハルを見ている。ユラユラと揺れるハルの背中に手をやり、支えている。


「んー、ねーな」

「そうだろう?」

「ん、ねーじょ」

「あら、じゃあアンスティノスはここでお終いなの?」

「ちげー」

「そうなんだよ」

「あら、どういう事かしら?」


 アヴィー先生、それよりも宰相親子に今の状況を説明してあげて欲しい。

 さっきから、固まったように凝視して言葉が出ないみたいだぞ。


「あら? どうしたのかしら?」


 どうしたではない。だから、ヒューマン族にはこんな事は理解できないだろうと、アヴィー先生が1番よく分かっている筈だ。


「アヴィー、説明して差し上げたらどうだ?」

「そうなの?」

「ああ、理解ができんのだろうよ」

「そうね。宰相、大丈夫かしら?」

「え……ええ。まあ……なんとか……?」


 おいおい、疑問形になっているぞ。余程気が動転しているのだろう。


「コハルはね、精霊王から直接精霊樹の実を預かっているの。それを今、植えているのよ。あの、クリスタルのりんごに見えるのが、精霊樹の実ね」

「せ、せ、精霊王ですか」

「ち、父上。私はもう頭が追いつきません」

「私も同じだ。だが、よく見ておかないと」

「は、はい」

「私達はアンスティノスを代表して、立ち会わせて頂いているのだ。これは、後世に伝えねばならん。忘れてはいけない事なのだ」


 その通りだ。さすが、宰相。よく分かっている。


「ふふふ、ちょっと大袈裟だわ。でも、忘れないでいて欲しいわ。私達エルフ族が何を守ってきたのか。何をしているのか。そうしたら、自ずと考えも変わる筈だわ」

「確かに、アヴィー先生の仰る通りです。今まで私達は。自分達は偉いと増長していたんだ。ただ種族の数が多いだけなのに。いつからそんな事を思うようになったのか。恐れ多い事だ」

「本当ですね。エルフの方々のお力は想像以上です。その気になれば、ヒューマン族なんていつでも滅ぼせるのでしょうね」

「アハハハ。そんな事はせんよ」

「いや、長老殿。例えですよ。そんな事は勘弁願いたい」

「エルフ族は平和主義なのでな。それに長く生きる種族だ。あまり拘らんのですよ」

「大らかなのですね」


 そこで偉そうに口を出してきたのがシュシュだ。


「本当によぉ~く覚えておく事ね。エルフ族はね、力があるの。あなた達には想像もできない力を持っているの。でも、それを誇示したりはしない。どの種族にも穏やかに歩み寄るわ。だからと言って、調子に乗らない事ね。エルフ族はそんな事はしないでしょうけど、エルフ族が本気になったらこの国なんて一溜まりもないわ。それでもエルフ族は、この世界の為に力を尽くしているのよ。あなた達も守られているの。分かるかしら?」


 珍しく真面目な事を言ったぞ。シュシュは仲間になった頃に、同じ様な事を話していた事がある。


「聖獣様、それはもう深く心に刻みます。そして、後世に語り継ぎます」


 思わずと言った感じだろうか。宰相親子が片膝をついた。


「そう恐縮せんでください。できる者ができる事をすれば良いのです」

「長老殿、感謝しますぞ」

「はい、心からの感謝を」

「あうー」


 おやおや、大人しく見ていたアルセーニくんが飽きてしまったか?


「ありゅ、よ~くみりゅんらじょ。おりぇのじーちゃんが魔法をちゅかうかりゃな」

「あうあー」


 ハルの言う事が分かるのだろうか? ハルが出した手をギュッと握り、長老をジッと見ている。


「この子も魔力量が多いらしいな」

「じーちゃんしょうか?」

「ああ。魔力過多症を起こす程ではあるまい」

「なりゃ、よかったじょ。ちゅらいのは、かわいしょうら」

「長老、頼むなのれす」

「よし、任せなさい」


 さて、長老の出番だ。きっといつも以上にやっちゃうぞ。

 長老がどこからか魔法杖を出した。それを、掲げて静かに詠唱する。


「ピュリフィケーション……ヒール」


 精霊樹だけでなく、辺り一面にキラキラと光りながら白い光が降りていく。

 すると、地面に吸い込まれていった精霊樹の実。そこからポコンポコンと芽が出てグングンと伸びていき若木になり、見る見るうちに成木となった。元気にキラキラと光っている。

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