第146話 祖母の話し

 そこからは、いつもの作業だ。


「じーちゃん、やりゅじょ」

「よし、やるか」

「こはりゅ、ひーりゅしゅりゅじょ」

「お願いなのれす」

「よし、まかしぇりょ。ぴゅりふぃけーしょん、ひーりゅ」


 ハルが幼児特有のプクプクとした両手を広げてそう詠唱すると、白く輝く光が精霊樹を包み込む。ゆっくりと光が消えていくと、精霊樹がより一層輝きだした。


「……な、な、なんとッ!?」

「父上、私は夢を見ているのでしょうか?」

「いや、現実だ。エルフ族の方々にはこのような能力があるのか……」

「あうー」


 宰相がずっと抱っこしていたアルセーニくん。ここで何やら訴えだした。ハルに向かって両手を伸ばしている。


「ありゅ、みてりゅんらじょ。まらまららからな」

「あうあー」


 ハルの言葉が分かっているのか? 大人しく、じっと見ている。ポカンと開いたお口からは涎が出ているぞ。


「まら、あかちゃんらからな」


 ハルが小さな手を伸ばして、もっと小さなアルセーニくんの手を取る。


「ハルくん、君は凄いんだな」

「ん? ふちゅーら。じーちゃんはもっとしゅげー」

「そうか、長老殿が」

「アハハハ、年の功ですな」

「いや、そんな事はないですぞ。以前、突然目の前に現れた時には本当に驚きました」

「そのような事もありましたな。アハハハ」


 リヒトとルシカを連れて、大公の執務室に転移した時の事だろう。そりゃあ、普通は驚く。

 何もなかった空間に突然3人のエルフが登場するのだから。


「マジであん時は俺達も驚いた」

「そうですね、まさか長老があのような強硬手段を取るとは思いませんでしたから」

「そうだよ、さすがアヴィー先生の旦那だよ」

「あら、リヒト。それはどういう意味かしら?」


 また、リヒトは余計な事を言った。何度もアヴィー先生に突っ込まれているのだから、いい加減に勉強しよう。


「ひぽ、しぇいりぇいじゅうをよんれくりぇ」

「ぶもッ」


 外に出られて嬉しいのか、いつものメンバー以外の見物人がいるからなのか、ヒポポはいつも以上に張り切っている。

 ちょっぴり、誇らしげにも見える。


「ぶもぉッ」


 そんなヒポポが一鳴きした。すると、ふよふよ〜っと現れた精霊獣。

 なんと、猫ちゃんだった。精霊樹が万全ではなかったからだろうか。まだ子猫の姿に見える。


「なぁ~」


 フヨフヨと浮いてハルのそばへとやって来た。

 小さな子猫ちゃんに見える精霊獣。普通の子猫ちゃんではない事は一目瞭然だ。

 体は淡いミルキーブルーに光っている。額には小さな角が1本、そして背中には葉っぱでできた小さな翼が2対。尻尾が二股に分かれていて、其々の先端にはこれまた小さな葉っぱが3枚ずつ付いている。

 空中をフワリフワリと移動し、ハルに擦り寄る。


「なぁ~ん」

「かぁわいいなぁ~」


 小さな手で、子猫の精霊獣をそっと抱っこするハル。


「かえれ、おともらちら」

「ハルちゃん、なんでやねん。恐れ多いわ!」

「アハハハ。らって、おんなじネコちゃんら」


 そんな精霊獣を見ている宰相親子。感極まったのか、涙を流しているぞ。


「ち、ち、父上」

「ああ、ああ。やはり母上は見えておられたんだ」

「はい、そうですよね。私もよく話を聞きました」


 なんだろう? この温室を大事にされていた宰相の母上、マルティノの祖母の事だろう。


「お祖母様の事かしら?」

「はい、アヴィー先生」


 宰相が話した。ハラハラと涙を流しながら、懐かしそうな表情で。まるで、その思い出に寄りそうかのように。アヴィー先生を見ているようで、そうではない。

 アヴィー先生を通り越して、温室の中に設置してある木のベンチセットを見ているんだ。その直ぐ横に、精霊樹が生えている。

 宰相の母親が、生前その場所でお茶をしながら温室を眺めていたのだそうだ。そして、よく話して聞かされたそうだ。

 淡いミルキーブルー色した子猫ちゃんを見る事があったら、大事にしてねと。この温室に棲んでいるから、追い出したりしては駄目だと。自分がいなくなってもこの温室は残して大事にして欲しいと。


「私もお祖母様によく聞かされました。この温室でいたずらをしては駄目だと。大事にしなければいけないと」

「私も子供の頃から聞かされました。母は、きっと見えていたのですね」

「そうだ……お祖母様がよく言っていました。見えなくても大事な物はあると。守らなければいけない物があるのだと」


 その通りだ。エルフ族は太古の昔から、何千年も見えないものを大事にしてきた。精霊を敬ってきたんだ。

 ヒューマン族で精霊獣を見る事ができるなど、そんな事があるのだろうか?


「きっと、精霊獣も好きだったなのれす」

「ぶもぶも」

「なるほどな」

「そうなのね、この精霊獣はお祖母様の事が大好きだったのね。だから姿を見せたのだわ」

「気持ちの美しい方だったのだろう」

「どこか、現実離れをした様な人でした。私にとっては捉えどころのない母でしたよ」

「私にはどんな時でもお優しいお祖母様でした」


 きっと優しくて温かい人だったのだろう。この温室だって、贅を凝らすのではなく、植物の為の物のように見える。

 所狭しと植物を植えるのではなく、植物がストレスなく育つようにゆとりを持って植えられている。見た目ではないのだ。美しさ優先ではない。植物優先なのだ。


「まらまらこれかららじょ」

「ふふふ、そうね」

「こはりゅ」

「はいなのれす。植えるなのれす」


 何処からか、コハルが精霊樹の実を取り出した。


「どんどん植えるなのれす」


 クリスタルのりんごが、次から次へとコハルの手から地面へと吸い込まれていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る