第145話 今だけ

「それは、感じていらっしゃったのよ。分からないんじゃないわ。分かってらしたのね」

「アヴィー先生、そうでしょうか?」

「ええ、そうじゃないとそんな事を仰らないわ」


 確かにそうだ。見えなくても、ここには何か特別の物があると感じていたのだろう。


「なら、もしかして気配くらいは分からないかしら? ねえ、長老」

「アヴィー、どうだろうなぁ? 試してみるのも一興だな」

「ふふふ。そう思うでしょう? いいかしら?」

「ああ。必ず見せてはいけないものでもない。騒ぎになりたくなかっただけだからな」

「ハルちゃん、コハルちゃんとヒポポを出してくれる?」

「ばーちゃん、いいのか?」

「ええ。見えるかどうかは分からないけれど」


 一体何なのだろう? と、宰相やマルティノは訳が分からずにいる。

 何が始まるのか? 話を聞いていると、獣人の自分達には見えない事らしいのは予想がつく。


「よし。こはりゅ、ひぽ」


 ハルがいつもの様に声を掛けると、何もない空間からポポンと張り切ってコハルとヒポポが出て来た。


「な、な、なんとッ……!?」

「アヴィー先生……!」

「ふふふ、コハルは見えるでしょう? 神使で聖獣なのよ。ハルを守護しているわ」


 アヴィー先生、それよりも先に何処から出て来たのかも説明しないと。


「ハルは亜空間を使えるのです。そこに入っていたのですな」

「あ、あくうかん……?」

「ああ、また別次元にある空間の事です。ハルはちびっ子ですが、魔力量が多いので使えるのです」

「それはまた……何と言えば良いのか……」

「父上、我々とは次元が違うとはこの事ですね」

「まったくだ」


 コハルは見える。何故なら見える様になっている。最初からそうだ。

 ハルではないが、神の粋な計らいなのかも知れない。とにかくコハルは特別なのだ。

 問題は、もう一頭の大きい方だ。


「もう一頭いるのよ。精霊獣が」

「せ、精霊獣ですか?」

「そうよ。精霊樹には精霊獣が一緒にいるの。精霊樹から生まれるのね。ここにいるヒポポという精霊獣は、私達に協力する為について来てくれているの。見えるかしら?」


 そう聞かれて2人は目を凝らす。やはり、見えていないらしい。ヒポポが左右にユラユラと体を揺らしている。見えないの? 本当に? と、言っているみたいだ。


「その……私にはまったく……ティノはどうだ?」

「私もです。何も見えません」

「いりゅんらじょ。でっけー、かばさんが」

「か、かば?」

「しょうら。しぇいりぇいじゅうのひぽら」

「ぶも」


 返事をしているヒポポの頭の上に、コハルがシュタンと乗った。


「ああ、何かに乗っているのですな?」

「それが、精霊獣だと?」

「そうよ。このコハルはシュシュより高位の聖獣なのよ」

「シュシュはピヨピヨなのれす」

「やだわ、コハル先輩ったらまたそんな事を言うんだからぁ。恥ずかしいじゃないぃ」


 それは恐れ多いと、2人はまた跪こうとする。


「ふちゅーれいいじょ。こはりゅはおともらちら」

「ああもう、何が何やら。どうしていいのやら」


 あの宰相が狼狽えている。

 冷静沈着と評判の宰相がだ。

 コハルとヒポポを披露したという事は、アヴィー先生はこのまま見せるつもりなのだろうか? これからする精霊樹への事をだ。


「長老、お見せしても構わないわよね?」

「アヴィー……」

「私はこの国にも知っている人がいても良いと思うの。宰相なら申し分ないわ。自分達がどれだけ無知で無力なのか、知っておくべきだと思うの」

「これ、アヴィー。失礼だ」


 アヴィー先生、歯に衣を着せぬにしても程がある。ストレートに言い過ぎだ。

 エルフのアヴィー先生からすれば、その通りなのだろうが。


「あら、そんな事はないわ。だからと言って、尊重していない訳じゃないもの」

「アヴィー……」


 長老は言葉がないらしい。アヴィー先生の方が、口は達者だ。


「長老、俺も見てもらって良いと思うぞ。俺達が何をしているのか、分からないかも知れないけどな」


 リヒトの言う通りだ。精霊樹やヒポポも見えないのだ。これからする一連の事も、何をしているのか分からないだろう。


「いいじょ。やりゅか」


 おやおや、ハルもやる気だ。


「やるなのれす」


 コハルまで。ハルがやる気なら、コハルも当然そうなる。


「ぶもッ」


 ヒポポもだそうだ。ハルちゃんチームだからね。


「自分は見えへんかったけど、でもハルちゃん達がめちゃ大事な特別な事をしてるのは分かったで。見える様になって、もっと分かったけどな」

「その……君は見えるのか?」

「自分は見えてるで」

「猫獣人なのにか?」

「うん。コハルのお陰や」


 そうだった。コハルの裏技だ。なら……


「そうよ、コハルちゃん。今だけ見えるようにできないのかしら?」

「お安いご用意なのれす」


 できるらしい。コハルは言わないと自分からは言い出さない。気付かないんだ。

 天然さが、こんな場面で発揮されてしまう。まだ子リスだからね。いやいや、神使で格の高い聖獣だ。


「こはりゅ、れきんのか?」

「はいなのれす。今だけなのれす」

「じゃあ、コハルちゃん。お願いできるかしら?」

「はいなのれす」


 コハルが空中をフヨフヨと浮いて移動し、宰相の額にぷにっと手をついた。そして、マルティノにもだ。


「お……おお!!」

「ああ、素晴らしい! お祖母様の言う通りだ。やはり、特別だったんだ。父上!」

「ああ、こんな世界をエルフの方々は見えておられるのですな!?」


 2人共、見えるようになったらしい。感動ものらしいぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る