第144話 温室

「それでね、その精霊樹がこのお邸の裏にあるのよ」

「裏にですか!?」

「父上、裏はお祖母様が大事にされていた温室がありますね」

「温室なの?」

「はい、きっとあそこではないかと」


 マルティノ君、伊達に魔力量が多い訳ではない。ヒューマン族には見る事も感じる事さえできない精霊樹だ。マルティノだって見える訳はない。感じている訳でもない。だが、なんとなくあるとしたらあそこだろうとおもうのだそうだ。


「亡くなったお祖母様が丹精込めて手入れをされていた温室なのです。今は母が引き継いでます。本当にその精霊樹があるのだとしたら、あそこ以外にないかと思うのです」

「ほう……」


 長老が、きっとワールドマップで場所を確かめているのだろう。

 ハルもワールドマップを持っている。ハルはどうだ?

 まだちびっ子相手に遊んでいた。


「らっこしよっか?」

「あう」

「おりぇがらっこしてやりゅじょ」

「ハルちゃん、無理やって。ハルちゃんもまだちびっ子なんやから」

「えー。けろ、かえれ。おりぇらっこしてー」

「危ないからやめとこうな」

「しゃーねー」


 ハルは自分もちびっ子なのに、本当にちびっ子が好きだ。これも、エルフ族の血を継いでいるからだろうか? 忘れてはいけない。エルフ族はちびっ子が大好きだ。種族で可愛がって大事に育てる。そんな種族なのだ。


「ありゅ。おりぇは、はりゅら」

「あうー」

「しょうら、はりゅら」

「あうあー」


 会話になっていない。ハルは本当に理解しているのだろうか?


「ハルちゃん、何て言うてるか分かるんか?」

「わかんねー」

「なんやねーん!」


 分かるぞ、カエデが突っ込みたくなる気持ちはとてもよく分かる。

 まるで、理解しているような会話だったじゃないか。なのに、分からないのか。


「けろ、かわいいじょ」

「そうやな。ハルちゃんも可愛いで」

「おりぇは、こんなにちびっ子じゃねー」

「アハハハ、変わらんて」

「かわりゅじょ。おりぇは歩けりゅじょ」

「まあ、そうやな」

「な、おりぇの方がおっきいじょ」


 そりゃそうだ。まだ赤ちゃんに比べたらハルはお兄さんだ。

 それよりも、精霊樹だ。


「確かに、この邸の裏なんだが」

「長老、見せて頂きましょうよ」

「そうだな」


 そうだ、実際に行ってみるのが一番だ。

 一行は裏庭へと移動する。


「ありゅ、またあとれなー」

「あうあー」


 小さな手を振っている。分かっているのだろうか? ハルに懐いている。


「かぁわいいなぁ~」

「ふふふ、ハルったら」

「みーりぇ、何ら?」

「私達にしてみれば、ハルだってとても可愛いわよ」

「しょっか?」

「そうよ。ちびっ子だし」

「ちびっ子いうな」

「ふふふ」


 どうやら、ハルはお兄さん風を吹かせたいらしい。まだまだちびっ子なのに。

 そのむっちりとしたボディーは何だ? 立派な幼児体形ではないか。


「ハル、手の甲の印はどうだ?」

「あ、わしゅれてたじょ。光ってりゅじょ」


 また忘れていたのか。本当に、宝の持ち腐れだ。

 

「ちけーじょ」

「そうだな。やはり、あの温室の中か?」


 長老がワールドマップで位置を確認する。ハルはワールドマップさえも宝の持ち腐れだ。まだ、全然活用できていない。


「じーちゃん、しゅげーな。わかりゅんら」

「ハルも慣れたら分かる様になるぞ」

「ん、しょっか」


 そうか。ではなくて、慣れよう。活用しよう。折角、良いスキルを持っているのだから。

 裏庭にも花が植えられていた。だが、マルティノが言うように温室は何かが違っていた。悪い意味ではない。

 例えるのなら、そこだけ空気が違うとでも言うのか。


「ああ、決まりだな」

「そうね、あそこね」


 長老とアヴィー先生にも分かるらしい。もしかしたら、長老にはもう見えているのかも知れない。


「じーちゃん、あしょこら」


 ハルが短い指で、温室を指差した。


「そうだな、ハル。分かるか?」

「らって、ぴかぴか光ってりゅじょ」

「そうか?」

「しょうら」


 長老よりも、ハルの方が見えるらしい。精霊王直々に依頼されたハルだ。それだけ精霊関係はハルが抜きん出ているのだろう。

 迷わず、温室へと入って行く。その一番奥だ。そこに、ひっそりと1本だけ精霊樹が生えていた。

 それほど高さがある訳ではない。立派に生い茂っている訳でもない。

 だが、温室に植えられた花々や低木の中で、しっかりと光り輝き神秘的な存在感を醸し出している。見える者にとっては、一目瞭然だ。

 このアンスティノス大公国で見た中では、一番元気そうな精霊樹だ。大切にされてきたのだろう。

 見えないが、確実にこの場を守らなければならないと。そんな気持ちにさせるのだろう。そう思える事でさえ、ヒューマン族の中では稀有な存在だ。


「元気ら。大事にされてんら」

「ハル、ヒューマン族には見えないんだろう?」

「しょうらな」

「リヒトったら本当に分かってないわ」


 また、アヴィー先生に突っ込まれるリヒト。


「見えなくても分からなくても大事にされてきたのよ。宰相の家系はもしかしたら魔力量の多い人が時々生まれるのかしら?」

「アヴィー先生、そうなのです。僕だけじゃなくて、そのお祖母様も魔力量は多かったんです。僕みたいに魔力過多症を起こす程ではなかった様ですが」


 その祖母がよく話していたそうだ。この温室は大事にしないといけないと。祖母には見えないし感じることもできない。でも、大事にしないといけないと思うのだと。

 だから、自分が亡くなった後も大事にして欲しいと生前からよく話していたらしい。

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