第142話 伝説はフレンドリー

 ハルなんて典型なのではないか? エルフ族とハイヒューマン族のクオーターだ。

 エルヒューレ皇国でも、珍しい色味だ。もちろん、アンスティノス大公国では見る事のない髪色だ。


「聖獣様は本当に存在するのですね! 感動ですッ!」

「あら~、あたしは特別なのよ」

「おお、雌の聖獣様なのですね」

「違うわよ。雄とか雌とかそんな小さい事は関係ないのッ! 気持ちよ、気持ち! ハートが大事なの」

「おおッ! なんと懐が深い!」


 そうか? いや、ある意味そうかも知れない。シュシュはシュシュだ。個性が爆発している白い虎だ。

 そんなシュシュに、羨望の眼差しを向けるマルティノくん。


「ばーちゃん家にしゅんれたのか?」

「あの頃は半年程お預かりしたかしら?」

「はい、ちょうど半年でしたね。もう魔力操作なんて未知のもので、それはもう苦労しました」


 それはそうなのだろう。魔力操作など、する必要のないヒューマン族だ。本来ならそこまでの魔力量を持たない。


「アヴィー先生に診て頂くまでに、何人もの医師や薬師の方に診て頂いたのです。それでも一向に熱が下がらなくて。先程案内した執事が、4層にエルフ族の高名な薬師がおられると聞きつけたのです」

「ふふふ、大袈裟だわ」


 そんな事はない。実際に、アンスティノス大公国に来てみて分かる。どこに行っても、アヴィー先生は有名だ。

 頼りにされていたんだ。


「この2層に邸宅を構えている貴族達は、普通は4層で開業している薬師なんて頼らないのよ。2層にちゃんと医師や薬師がいるのですもの。だから、あの時は驚いたわ。只事ではないと思ったのよ」


 この国では、そんな事もあるらしい。アヴィー先生が、店を出していた4層は庶民の街だ。

 そのアヴィー先生を頼るのは異例な事なのだそうだ。貴族と庶民、そんな差別がある。

 だが、4層以降の領地に住んでいる貴族達はまた違う。その貴族に仕える者達も、アヴィー先生を頼りにしていた事が伺える。

 小さな事だが、アヴィー先生の店で売られているハンドクリームはお値段が安いのに効果が高いと評判だったりする。薬湯はもちろん、湿布薬や丸薬もそうだ。

 態々、別の層から4層までまとめて購入にくる人もいる程だ。


「私があの辛い時期を乗り越えられたのも、アヴィー先生が愛情深く寄り添って下さったお陰です」


 そんな話をしていた時だ。またドアをノックする音が聞こえた。


「失礼、ご挨拶を致したく……」

「あうー」


 ミドル世代らしき男性と、抱っこされているハルよりも小さいまだ赤ちゃんの男の子が入って来た。入ってきた2人とティノは目元が良く似ている。

 ドアを開け、部屋に入ってくるなり男性は固まって足を止めた。


「父上、良いところに! 伝説の聖獣様です! 本当に存在したのですよ!」


 マルティノが、興奮気味に話しかけるが父上と呼ばれた男性の反応がない。

 マルティノの父親という事は、この邸の主人。アンスティノス大公国の宰相殿だ。


「父上! 聞いてますか!?」

「ふふふ、宰相ったら驚いているわ」

「アヴィー、敬称を省略するでない。失礼だぞ」

「あら、長老。いいのよ。いつも敬称なんて付けていないもの」


 アヴィー先生は想像以上に無敵だった。長老でさえ『宰相殿』と呼んでいるのに。


「ア、ア、アヴィー先生……これは……夢ではないのですな?」

「夢じゃないわよ。正真正銘の聖獣よ。白虎の聖獣でシュシュって言うの。よろしくね」

「あらぁ? あたしが幻だとでも言うのかしらぁ?」


 シュシュがいつもの様に、とっても気軽に話し掛ける。すると、宰相はより驚いて目をまん丸にしている。


「しゅしゅがしゃべりゅかりゃ、びっくりしてんら」

「やだ、ハルちゃん。そうなの?」

「しょうら」


 ハルの足元で、頭を擦り付けてゴロゴロと甘えているシュシュ。シュシュはハルちゃんのファンクラブ会員だから、これもいつもの事なのだが。

 何しろ、聖獣を伝説上の存在だと思っていたらしい宰相。

 頭が切れると、もっぱらの評判の宰相。

 現大公の懐刀だと言われている宰相。

 なのにだ。なのに、いきなり両目をカッと見開いたまま、ドバーッと涙を流し始めた。


「父上! 感動でしょう!?」

「ああ……ああ! 生きていて良かったと心底思うぞ!」


 いやいや、それ程のものではない。だってシュシュだぞ。今もハルにゴロニャンしているシュシュだ。


「聖獣様! お目に掛かれて驚心動魄にございます!!」

「やだわぁ、難しい事を言うのね」

「シュシュ、心からめっちゃ感動したって事や」

「カエデ、そうなの?」

「簡単に言うとそうやで」

「へえ〜」


 シュシュは、あまり興味はないらしい。それよりも、ハルに甘えたくて仕方がないらしい。


「ハルちゃ〜ん、あたしに乗らないぃ?」

「しゅしゅ、今はちげー」

「えぇー、だってぇ」

「しゅしゅに会えて、よりょこんれくれてんらじょ」

「分かったわよぅ」


 やっと、宰相に向き合うシュシュ。


「伝説でも何でもないわよ。あたしは白虎の聖獣よ。よろしくね」

「ああ、感動です! ようこそ我が家にお越し下さった!」


 シュシュに抱きつく勢いだ。だが、恐れ多いくて、それは出来ないらしい。

 親子で、シュシュの前に跪いた。宰相なんて、赤ちゃんを抱っこしたままだ。小さな耳があって可愛らしい。


「止めてちょうだい。普通がいいのよ。普通にしてちょうだい」

「虎獣人にとってシュシュって凄い存在なのね」

「当たり前じゃない〜」


 はいはい。喋ると威厳も何もない。フレンドリーでオネエさんなシュシュだ。




 ◇◇◇

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